594
肉体が限界を迎える寸前で『豪血』を解く。
尚この場合の限界とは、原形を留めていられる、という枕詞が付いたものを指す。
遵ってダメージ自体は中々に甚大だ。短スパンで二度目の発動だし。
「骨も肉も、いちいち軋みやがる。なんてザマだ」
手中で震える、焦げ付くような排熱音。
燻る白煙、赤熱した鞘、纏わりつく陽炎。女隷の長手袋越しに掴んでいなければ掌が炭と化すだろうオーバーヒート。
「……ま、最初に『深度・参』を使った時は何日かマトモに動けなかったからな。それと比べりゃ随分マシか」
程なく最低限の冷却が終わり、核式へと戻る樹鉄刀。
未だパンケーキが焼けるくらいの熱は孕んでいるも、取り立てて運用に問題は無い。
もし泣き言を吐くようなら、今一度立場を分からせてやるまで。
「と。心臓停めたままだった」
糸の拘束を緩め、胸部に拳を叩き付ける。
再び鼓動を打ち始めたことを確認し、背後のハガネを振り返った。
「あーらら」
見事な真っ二つ状態の長刀。
あの脆弱極まる刀身が砕けず折れた時点で、鞘式の斬れ味と向こうさんの技量を改めて窺える。
「それはそれとして果心がブチ切れそうだ」
ともあれ、居合い勝負は我が方に軍配。
しかしこういう場面に於いて、達成感や優越感よりも一抹の寂しさを覚えるのは参る。
強敵との迫り合いほど、終わってしまえば空虚なものだ。
「つまんねぇ。つまんねぇなァ、オイ」
刻々と敵が目減りする。
目を皿に地平を見渡せど、切っ尖を傾けるに足る相手が見付からなくなり始めている。
勘弁してくれ。俺は最強無敵になりたいワケでも、雑魚を踏み潰して悦に浸りたいワケでもないんだ。
刺激を、スリルを、勝負を、脳味噌が蕩けるくらいに味わい尽くして死にたいんだよ。
「……だから、頼むぜ」
背を向けたまま立ち尽くすハガネに、乞う。
いい加減、眠気も醒めた頃合だろ?
「ボチボチ本気、見せてくれよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます