595






「ふああぁぁぁぁっ」


 気の抜けるような欠伸。

 着物の袖で目尻を擦り、ハガネが此方を向いた。


「ハーイ♪ ブエナス・タルデス♪」


 いや高低差。気圧の乱高下で眼球破裂するわ。


「何故スペイン語」

「なんとなく?」


 半開きだった瞼は快活に開かれ、寡黙と言うか喋ること自体が億劫げであった口舌は滑らかに。

 豹変。まさしく、そんな表現が似つかわしい様相で小さく手を振る詐欺ロリ。


「今日もいい天気ね♪ なーんて、ダンジョンの中じゃ晴れも雨も同じだけど♪ ふふふっ」


 ただ──リゼと比べて濁りが強い赤眼の奥は、微塵も笑っていない。

 腹を空かせた獣が通り一遍に少女の仕草をなぞっているかのような、継ぎ接ぎも甚だしい所作。


「気色悪りぃな。人間ごっこがしたけりゃ、もう少し上手くやれ」

「…………まあ失礼。レディの扱いがなってないのね、さてはモテないでしょ」


 生憎、勝手に寄り付いて来た女なら、それなりに居たさ。

 全員いつの間にか消えてたし、顔も名前も人数も覚えちゃいないが。






「あーあ。ひっどぉい」


 欠いた長刀を眼前に掲げ、ひどいひどい、と幾度か繰り返し口遊むハガネ。


「いけないんだぁ、ヒトの刀を虐めて。この子、歴とした生き物なのよ?」

「見れば理解わかる」


 クリーチャーの中でもゴキブリ級に秀でた生命力を有する種族は、ドロップ品と化して尚、鼓動を止めない。

 それ等を素材に用いた武具。樹鉄刀と同じ生体兵装。

 尤も活きた刀剣など、多少性能に優れたところでデメリットの方が遥かに大きいのは、俺の例を鑑みれば瞭然だが。


「畜生に情が湧くタイプじゃなくてな。アンチ動物愛護」

「ふぅん。まあいいけど、取り敢えずひとつ言わせて」


 けれども、だ。


「──ありがとう♪」


 生体兵装が尋常ならざる特異性を有すことも、また事実。


「お陰で、やっとしたわ」


 くすくす笑うハガネが、柄に残った刀身を握り潰す。


きなさい。妃陽丸」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る