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 腕輪型端末を通し、女性探索者シーカーのパーティに救難信号と位置情報を送る。

 それから程なく目を覚ました彼女から少し話を聞いてみたが……やはり三十四階層には足を運んでないらしい。


「あ、あの……もしかして、って……」

「かも知れねぇ。アンタをパーティに届けたら、ちょいと探りを――ッ!?」


 ずぐ、と。

 話の最中、唐突に我が身を襲った、心臓に杭でも打たれたような錯覚。


 反射的に『豪血』発動。研ぎ澄まされた感覚で警戒網を広げた。


 ――ヤバいのが近くに居る。


「リゼ」

「強い呪詛の塊。九時方向」


 ただでさえ心許ない血の摩耗を抑えるため一度『豪血』を解き、水銀刀を抜く。

 リゼもまた、いつでも溜めに入れるよう大鎌を構えていた。


「『呪胎告知』の弾数は? いつかみたく要らん見栄張るんじゃねーぞ」

「廃村エリアで『流斬ナガレ』を相当使ったし、だいぶ辛い。フルで一発撃ったら栄養失調起こしそう。アンタは?」

「貧血で指先が鈍い。これ以上、増血薬を飲んだら内臓がイカレる。まともに『双血』を使えるのは連続二分、オンオフ切り替えながらでも三分てとこだ」

「最高ね」


 いいとこ下の上なコンディション。

 ついでに手荒な心霊手術を受けたことで、満足に走れもしない探索者シーカーが背後に一人。


「まぁ、間が悪いからこその災難だ。アンタは動けるようになったら逃げな」


 刻々と近付くヤバい気配を感じてか、周囲に他のクリーチャーの気配は無い。

 二十五階層なら、早けりゃ一時間もあれば上の湖畔エリアに出られる。そこからは危険度も一気に下がるし、変に油断さえしなければ大丈夫だろう。


 ――などと考えていたら、接敵した。


〈ぽ〉


 病理を疑う青白い肌。

 真っ白なワンピースを纏い、大人が両腕を広げたくらい幅広な帽子を被った女。

 髪と爪と目玉だけが真っ黒で、その極端な色彩が、やたらと網膜にこびり付く。


 特筆すべきは背丈。俺より頭二つは大きい、人離れした異様な長身。

 そいつは相対する俺達。まずリゼを、次に俺をじっと見て。


〈ぽ〉

〈ぽぽぽ〉

〈ぽぽぽぽぽぽぽっ〉


 にたぁ、と笑い――陽炎の如く揺らめき、消えた。






 静かな夜闇の中、己の息遣いと心音だけが耳に突き刺さる。

 水銀刀の柄を強く握り締めていた俺は、此方に向かって来る幾つかの足音を捉えた後、構えを解いた。


「…………月、彦」


 青ざめ、大鎌を杖代わりにしたリゼが、微かに震える手で俺の袖口を掴む。


「今の奴は、四十階層までの出現クリーチャー情報には載ってなかった」

「じゃあ……」


 四十番台階層のクリーチャー。いや、恐らく

 そんな輩がエリアすら異なる浅い階層に現れるなど、先程のヤマノケの件も踏まえ、思い当たる原因はひとつしか無い。


「イレギュラーエンカウントか」


 ステージⅠとも呼ばれる、出現階層を無視したクリーチャーの徘徊。






 カタストロフの、第一段階だ。





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