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 空間投影ディスプレイに、体内ナノマシンから吸い上げた視覚情報記録を表示する。

 俺達が遭遇した異変の一部始終を確認し終えた支援協会職員は、顔色悪く目を伏せた。


「……映像データ照合完了。軍艦島『八尺様』です」


 ボス。それもダンジョンボス。

 つまり攻略難度六、その最奥であるところの五十階層に坐すクリーチャーか。

 危険度設定は通常の五十階層フロアボス以上。単独ソロ討伐は困難とされ、一線級の精鋭探索者シーカーだろうと他党を組まねば危ういレベル。

 成程、納得の威容だった。少なくとも渋谷宝物館十階層でリゼに瞬殺された、名前すら知らん雑魚とは比較することも失礼だと感じるくらいには。


「この直前に討伐されているヤマノケに関しましては兎も角、フロアボスやダンジョンボスが自身の階層テリトリーを離れることは平時に於いて有り得ません」

「つまり、イレギュラーエンカウントって前提で話を進めて構わないと?」

「残念ながら……」


 神経質そうな男性職員が、額に浮かんだ汗をハンカチで拭う。

 その表情には、概ね淡々と仕事をこなす役所の人間には珍しく、困惑と焦燥が深く浮かび上がっていた。


 カタストロフともなれば、それも無理からぬことだが。






 数あるダンジョン禍の中でも最悪と称される現象、カタストロフ。

 これは各段階によって、四つにステージ区分が成されている。


 まずは今現在、軍艦島で起きているステージⅠ『イレギュラーエンカウント』。

 次にクリーチャーが異常発生を重ねることでダンジョン外へと氾濫するステージⅡ『スタンピード』。

 その氾濫したクリーチャー達の影響を受け、ダンジョンゲート周辺一帯が異次元化するステージⅢ『インベーション』。

 最後に、異次元化した空間がダンジョン内へと呑み込まれるステージⅣ『バニッシュ』。


 ちなみに過去四十年間で発生したカタストロフは、いずれも初期段階、即ちステージⅠのイレギュラーエンカウントまでで食い止められている。

 ならば何故ステージⅡ以降の存在が明らかとなっているかと言えば……事象革命直後のダンジョン黎明期に、未来予知のスキル習得者が居たからだ。


 まあ言わずもがな、誰もが知る現代の英雄『コスタリカの聖女』フェリパ・フェレスのことだが。彼女の活躍が無ければ、今頃地球は丸ごと失われていただろう。

 スキル発動の度に寿命を、世界の未来を識るために己の未来を削ってたとかで、数万人規模の犠牲者が出ていた筈の災害の予知や本来なら数十年後に実用化されていた技術の先取りなど、十年近く国家を問わず様々な恩恵を授けた後、二十九歳の若さで亡くなっている。俺の『ウルドの愛人』とは習得者の人格面も含め、あらゆる意味で対極と呼べるな。

 死後、世界中からの莫大な寄付で建てられた銅像は自由の女神並み。けっこー美人。


 ……ともあれ、フェリパ・フェレスの遺産のひとつによってカタストロフ発生の原因となるダンジョン内部のエネルギー過剰化を観測出来るようになったため、規定値を上回ったダンジョンには各国の抱える対カタストロフ戦力――日本の場合、防衛省直轄の沈黙部隊がこれに該当する――を送り込むことで、ここ数年はステージⅠの発生すら未然に防がれてる。


 では何故今回、軍艦島のカタストロフ反応が確認されなかったかと言えば、恐らく立地の問題。


 ダンジョンゲートの発するエネルギー量を観測する機材は実に大掛かりな上、小まめなメンテナンスも欠かせぬため、支部の無い端島に恒常的な設置が出来ない。

 他にも幾つか似たような環境のゲートは存在する。そうした場合は半年に一度、バラした機材を持ち込む形で計測を行うのだが……その空白期間で異常に数値を増やしてしまった模様。


 …………。

 何にせよだ。


「面白いことになってきたじゃねぇか」





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