269・Rize






 ひとつ、ふたつ、みっつ。

 高音唸らすチドリの切っ尖から、等間隔に斬撃を飛ばす。


 呪詛を注ぎ続けた結果、切断と破壊の呪を帯びた臨月呪母には劣るけれど、高周波振動によって鉄骨くらいなら豆腐同然に両断可能なナイフ。

 その斬れ味と、短尺が齎す剣速を含んだまま、調子次第では数百歩の先まで間合いを広げられる『飛斬』。


 月彦からの贈り物。誇張無く、私の戦闘能力を何倍にも引き伸ばした、トップクラスに使い勝手の良い優秀なスキル。


 ――でも、硬過ぎる表皮と筋肉で護られたミノタウロスには、まるで通じていない。


 恐らく蚊が刺したくらいの痛痒を与える程度。

 猛攻を続けるヒルデガルドへの集中を、僅かにでも散らすための儚い援護。


「はっ……はっ……あぁ、ムカつく……」


 絶え絶えの息遣いに混じる悪態。

 手足が震えて思い通りに動かせず、酷い目眩で吐き気も込み上げてくる。


 当然と言えば当然の、寧ろ極めて順当な収まり。

 たった数分でストックを四キロ近く削いだ負荷。

 そこに加えて消耗の大きい『幽体化アストラル』や、斬撃時の疲労が倍化する『飛斬』の多用。

 絶えず血糖を奪う『消穢』の存在も、ダメ押しで拍車をかけてる。


 まともな支援が可能なボーダーライン。潰れる瀬戸際。

 見立てるに、ヒルデガルドも限界が近い。

 遠からず均衡は崩れ、雑草を踏み躙るかのように、私達は殺されるだろう。


 ――もしも、このまま何も手を打たなければ。


「ふうぅっ……!!」


 斬撃の起点をチドリから臨月呪母にスイッチ。

 大鎌を片手で振るうため手数は目減りするも、威力は跳ね上がる。


〈オオ、オオォッ!!〉


 一定だった律動が乱れたことで、ミノタウロスの所作に薄く動揺が差す。

 耳元で飛ぶ蚊が蜂へと変わり、鬱陶しく感じたのか、跳ね除けようと暴れ回る。


「雑雑雑雑雑雑雑だよアハハハハハハッ!」


 その精彩を欠いた一瞬に喰らい付き、より攻撃偏重となるヒルデガルド。

 大量の血を吐き出しながら嗤い転げる彼女を遠目、私は後ろ手に隠したチドリへと『呪胎告知』を発動させた。


「ヒトツキ……フタツキ……」


 自壊を招く限界量ギリギリの呪詛。

 弓引くかの如く腕を絞り、虚空を突いた。


「『幽体化アストラル』……『呪胎告知』……『ミツキ流斬ナガレ』……!!」


 私の意識を取り憑かせた赤黒い太刀筋が翔ぶ。

 狂った笑い声にも似た風切り音が鳴り渡る。


 そして――月彦の手で片方だけとなっていた目玉の残りを、寸分違わず抉り裂いた。


〈グ、グッ、オオォォッ!?〉


 直後、全身の力が抜け、四つん這い状態。

 これで私には、もう『飛斬』一発繰り出す体力さえ無い。


「アハハハハハハハハハハッ! いいよいいよリゼ、最高! あとでキスしよう!」


 絶対の好機を得たヒルデガルドが上擦った声で叫ぶ。

 冗談は頭の中身だけで十分なんだけど。


ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」


 七本の尾が螺旋を描いて束なり、ミノタウロスへと迫る。

 光を失くしたバケモノは。棒立ちのまま、それを受けた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る