261・Hildegard
「――――おはよ」
目覚めの契機は、そんな淡々とした語り掛け。
さながら、落ちていたブレーカーを上げるかのように、私は現実へと立ち戻る。
「ッつ……」
瞼を開きながら、まず感じたのは、やはり痛み。
体内ナノマシンでスキャンをかけなければ細かいところは分からないけど、あちこちの骨が折れているのは確実。
取り分け深刻なのは両腕。
暫くロクにメンテもしてなかったし、とうとうガタが来てしまったらしい。
「私の声、聞こえてる?」
「……勿論」
霞む視界に映るのは、伏した私を見下ろすリゼの姿。
気の所為でなければ、この階層に踏み入る直前より随分と顔色が悪い。
一体どのくらい意識が飛んでいたのか。
現在時刻を網膜表示する。無機質なデジタル数字が示した経過時間は、二分そこそこ。
たったそれだけで、リゼがこうも消耗するなんて。
流石は難度八のダンジョンボスだと、ひとまず讃えておこう。
「はあぁぁ……しんど。タルい時の『
そんな台詞を気怠げに零した後、彼女は疲労感の漂う長い溜息と共に、細い首を鳴らす。
……五体が訴えるダメージの度合いを鑑みるに、恐らく私は心停止状態だった筈。
死にかけの身体に
「助かったよ。お陰でヴァルハラに招かれず済んだ」
「あっそ」
奥歯に仕込んだ
舌が引き攣るほど強烈な苦味に眉を顰めつつ、脚と体幹の力だけで立ち上がる。
併せて――最早、荷物にしかならない両腕を
「アンタ、それ」
真紅の瞳を丸く絞り、捨てた義手を見下ろすリゼ。
「輝かしい栄光を掴むには、代償も必要なのさ」
無生物しか不可視化の対象にならない『ピーカブー』が、腕ごとサーベルを消せていた真相。
蓋を開ければ至極単純なカラクリ。
体質の問題で、私は
だから腕と、左眼と、右肺は、人工品。
ついでに背中の皮膚も、傷跡が酷かったから半年前に貼り替えてある。
「戦況は?」
骨同士が繋がろうと体内で動き回る異物感を努めて無視し、尋ねる。
リゼは答える代わり、軽く顎をしゃくって私の背後を指す。
――踵を返した先に在ったのは、一人と一頭の獣同士が牙を剥き喰らい合う地獄絵図。
その光景を視た瞬間。血が冷たくなるような感覚に囚われて、ガラにも無く息を呑んだ。
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