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「わああああ!? な、なな、なんだっ!?」


 散弾銃さながらに室内を飛び交う扉の破片と、巻き起こる塵煙。

 物の倒れる音、壊れる音に混じって、若い男の泡を食った悲鳴が響いた。


 しかし、そうした声はひとつだけ。

 室内に居ることは把握済みの残った面子からは、大きな反応を窺えない。


 ……立ち込める塵と埃で直接の目視こそ出来んが、俺の感覚能力を以てすれば中の状況はハッキリ理解わかる。

 約二十畳、ほぼ正方形の間取り。中心に直径三メートル前後の円卓と、椅子が九つ。

 在室者は七人。うち一人――今騒いでる奴からは戦闘者の佇まいを全く感じないため、恐らく支援協会職員。


 つまり俺みたいな同伴者が他に居なければ、今この場に集まってる一桁シングルランカーはリゼ含め七人。

 あとの二人は遅刻か、或いは欠席か。


「どうあれ社会人の自覚が足りてねぇな」

「それ、もしかしてギャグで言ってる?」


 もしかしなくてもギャグに決まってんだろリゼちー。

 俺が社会性を説いたところで、説得力なんぞプランクトンの糞にも劣るっつーの。






 扉を蹴破って数秒。

 奥からを感じ、だらりと猫背気味に構えを取る。


「く、くくっ、ははははははっ」


 流石は一桁シングル

 少し戦意を見せただけで、深層のクリーチャーにも劣らねぇ圧。


 人間の身でありながら、天災にすら等しい密度の存在感。

 俺が知る限りではヒルダと、今のリゼくらいか。これに近しいレベルは。


 否。


「殊更にヤベェのが、二人」


 真っ先、支援協会職員の前に出て盾となった、俺よりも二回りは大柄な男。

 この騒ぎを気にも留めず、円卓に突っ伏して眠る小柄な女。


 十中八九、こいつ等のどっちかが現ランキング一位。

 そう見定めた直後――塵煙を裂くように、人影が飛び出した。


「ン」


 長い黒髪をオールバックに纏めた、背の高い女。

 一番ドアの近くに居たそいつは、ふかふかした絨毯越しでも床が震えるほど強く踏み込み、その勢いを乗せて上段蹴りを放った。


「鉄血」


 避けても良かったけれど、なんとなく食らってみる。


 見事に勁道が開けた一撃。

 身体の芯まで衝撃を奔らせるも、生憎と『鉄血』の効果は体内まで及ぶ。まさしく鉄の塊を蹴ってるようなもんだ。

 尤も実際の硬度は、今や鉄など遥かに凌ぐが。


「……ッ?」


 手応えが人体のそれではないと察したのか、一拍だけ女の動きが止まる。


 その間隙を縫い、鳩尾に拳を叩き込んだ。


「ほォ」


 ブルドーザーくらいなら粉々に壊せる程度の力は篭めたのだが、壁まで吹っ飛ぶどころか一メートルも立ち位置が動いてない。

 受け流したか。見た感じ、中国武術を根底に据えた動きだな。

 どうやらスキル無しの戦闘技術も一級品の模様。


「ハハッハァ。やるなぁ、ねーちゃん」

「……勧誘の交渉云々以前に、収拾つくのかしら、これ……」


 心配すんなリゼ。

 どうとでもなるだろ、きっと。





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