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「――、――――!!」


 今日は樹鉄刀を持って来ていないため、素手の指先をパキパキと鳴らす俺に、オールバックの女が凄まじい早口で何事か捲し立てる。


 だが生憎と中国語……しかも広東語っぽい。

 参ったな。北京語か上海語なら兎も角、他はサッパリ分からん。中国の方言とか、ほぼほぼ別の言語だし。日本で言う薩摩弁や津軽弁より酷い。


 腕輪型端末を操作し、トランスレーションアプリを起動。

 一度に複数の言語には対応出来ないため、ヒルダが使ってたような専用の翻訳機と比べれば性能は数枚落ちるが、無いよりマシだ。


「〔あー、あー、テステス。どうよリゼ、ちゃんと広東語になってるか?〕」

「何言ってんのアンタ。とうとう壊れた?」


 よし、取り敢えず体内ナノマシンを介した発声変換は出来てるっぽい。

 初めて使う機能だからか喉に違和感を覚えるが、すぐ慣れるだろ。


「〔悪いな、ねーちゃん。もっぺん最初っから頼むわ〕」

「〔……貴様『魔人』だな。イカレてるとは聞いていたが、これはどういうつもりだ〕」


 ほう。こんな木端探索者シーカーを見知り置き頂けるとは光栄の至り。

 俺も其方さんのことは知ってるぜ。何せ中国人の一桁シングルランカーとか、だいぶ珍しいからな。


「〔そういうアンタはランキング八位のメイウェイ〕」


 ゲート総数、三百十五。他にダンジョン過密地域と呼ばれる日本九十七アメリカ百二十六ロシア百五十三EU百十イギリス八十五をも大きく凌いだ数字。

 更には二十億を超える膨大な人口ゆえの必然、延べ百万人近いスロット持ちを擁する、まさしく世界最大のダンジョン大国、中華人民共和国。


 しかし、あまりに多過ぎるゲートの均衡を保つべく探索者シーカー全員が軍属という形を取った厳格な管理の下、マンパワーによる数の力でシステマチックに攻略を推し進めているため、抜きん出た『個』が育ち辛い。

 更には各種装備品の技術水準こそ極めて高いものの、スキルペーパーの入手確率の都合上、約半数は彼の国の探索者シーカーがDランキングで二桁ダブル以上を飾ることは殆ど無いと聞く。


 即ち眼前の彼女、ウェイは希少な例外。

 尤も一桁シングルなんぞ、六つのスキルを複合して使うなんて尋常離れした真似が出来るウチのリゼみたく、例外に例外を積み重ねたような連中の集まりだが。


「〔どういうつもり、ねぇ。そうマジになんなよ、ちょいと揶揄っただけだろ?〕」

「〔……五常すら弁えない獣め。だから日本人は嫌いだ〕」

「〔ハハッ。平成どころか令和も終わってる今時、嫌日とか流行んねーぜ?〕」


 言葉の応酬を続けつつ、向こうの一挙一動を拾う。

 そうして仕掛けるタイミングを窺っていると――唐突なが、場を包んだ。






 身体が、軋む。

 縦しんば空調が壊れたとて、こうはならないだろう、体表に霜が降りるほどの低気温。


「あのぉ。喧嘩とか物騒ですし、やめませんかぁ?」


 晴れ始めた塵煙の代わり、白い吐息を引き連れた細身の女が、俺とウェイの間に立つ。


「別に誰かが怪我をした、とかでもないですしぃ」

「……そりゃそうだ。そのくらいの配慮はするさ」


 緩やかな喋り方の、ウェーブがかったプラチナブロンドが特徴的な、スラヴ系を思わせる容姿。ただ、話し言葉は何故か日本語。

 女性型クリーチャーにも引けを取らない美貌に、無いと分かっていても思わず条件反射で魅了チャームを警戒し、半歩退く。


 すると。


「……クレス大叔母様」

「リゼちゃん。お久し振りでぇすっ」


 思いもよらぬ会話が、背後と正面で交わされた。





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