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暑い。
「こんな環境に、よく何日も篭れるな」
セ氏で表せば百度超。殆どサウナ状態。
常人なら一時間で病院行きだろう地下工房にて、只管に鎚を振るう背中。
「果心」
返事は無い。呼び声自体、鎚音に掻き消された。
肩をすくめ、近くまで寄る。
「おい果心」
「……ん? ああ、貴様か」
ようやく俺に気付き、振り返る剣工。
今日は若い女の姿。
薄い肌襦袢一枚きりな上に汗だくなものだからガッツリ透けてて、だいぶアレな格好。
「ちょうど良かった。手伝え」
「あァ? いや、俺は得物の受け取りに──」
「早くしろ。鉄が冷える」
ホント人の話を聞かねぇ奴だなオイ。
協調性ってもんを少しは学ぶべきと、月彦さん思うのですよ。
赤熱した鋼を素手で掴み、金床に押さえ付ける。
そいつを繰り返し叩く果心。
火花とか普通に浴びてるが、平気なのかね。
「なんだ、人の身体をじろじろと。猥褻行為を受けたと大声で叫んでやろうか」
「ナチュラルに鬼畜な脅迫」
お前、女と言うよりカタツムリだろ。若しくはベニクラゲ。
コイツの持つ『陰陽体』って、実は不老効果付きスキルの中でも最上位扱いらしい。
齢も性別も自由自在だし。
四半刻ほどで鍛冶仕事は片付いた。
真新しい剣がひと振り、鉄製の分厚い作業台に据えられる。
「こいつも何かギミックが仕込んであるのか?」
「いや。この子には深層クリーチャーがドロップした金属を使っただけで、特異なチカラは無い。強度と斬れ味は折り紙付きだが」
波打つ剣身を研ぎ上げ、併せて精微な彫刻を施したフランベルジュ。
果心が純粋に剣工として一流なのだと、ありあり示す逸品。
王道路線もイケる口かよ。キワモノばっか作るくせに。
「こういう子も、たまに産む。奇をてらうばかりでは、肝心の芯が脆くなる」
左様で。
「……連れて行くか? 予備兵装は佩いておくべきと思うが」
「残念。今は現金の持ち合わせがねぇ」
「どうせ売り物にはならん。いいから連れて行け」
羅紗に包み、押し付けられた。
果心は若い女の時、少し優しい。トウが立ってたり幼かったりだと、ヒスっぽくなる。
尚、男の時は老いた方が比較的穏やか。両性の時は……言動の予測がつかん。
「なら有難く。つか予備もいいけどよ、本命の方はどうなってんだ」
「当然仕上がってる。来い」
地下工房の更に奥へ設けられた一室。
ここまで入るのは初めてだが、設備を見るに生活スペースか。
「死神娘の大鎌は、その中だ」
ガラス棚に収まったアタッシュケース。
臨月呪母を仕舞うには小さ過ぎるけれど、まあ普通に圧縮鞄だろう。
「月齢七ツは……」
次いで何故か冷蔵庫の扉を開け、スポーツドリンクと共に何か引っ張り出す果心。
「受け取れ」
差し出された品を眇め、思わず首を傾げる。
「……?」
掌に収まるサイズのアンプル。
中身は、妙な液体。
「なんだこれ」
「月齢七ツに決まってるだろう」
…………。
や。意味分からんのですが。
「しかしアンタ、本当に普段通りだな」
ガラス張りのシャワーブースで汗を流す果心に、なんとはなし呟く。
「世間様は今、随分な大騒ぎだってのによ」
「知らん。俗世に関心など無い」
水の流れる音に混ざり、ぴしゃりと放たれた一言。
「世が滅ぼうと栄えようと、拙のやることは同じだ」
──剣を打つ。ただそれだけ。
堂々と言い切ったその台詞に、俺は口の端を吊り上げ、くつくつと笑った。
「いいね」
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