753・閑話44






 嘗て。完璧な世界があった。

 造物主が自ら創り上げた、無欠の楽園があった。


 しかし造物主は、ある時ひとつだけ過ちを犯した。


 蛇足じみた最後の創作物。種族名を──人間。


 赤い血の男。個体名を××××。

 不変ゆえに完全だった世界で唯一、欲望という流動を持たされた存在。


 けれど××××は己の欲望を疎み、切り離した。

 そうして初めて、造物主以外の手による創作物が、世界へと転がり落ちた。


 第二の人類。青い血の女。個体名を×××。


 彼女こそが、造物主の致命的な過ち。

 或いは人間などというモノを創ってしまったこと自体、間違いだったのやも知れない。


 ──欲望の具象である×××は、どうあっても癒やせぬ飢えと渇きを抱えていた。


 故に只管、喰らい、飲み干し──やがて世界をも口にした。


 完璧なる楽園は、彼女が生まれて七日で以て、造物主共々に貪り尽くされた。

 しかし。幸か不幸か、何もかも滅びることは無かった。


 自我を得たばかりの彼女は、兎角、行儀が悪かった。

 咀嚼の際、ぼろぼろと落ちた食べこぼし。

 その欠片ひとつひとつが、新たな世界の種となった。


 残骸を基に鏤められた無数の宇宙。形を変えての存続。

 彼女にとっての、次なる馳走。






 ──五百六十七億三千三十万六百十四。


 今日に至るまで、彼女の腹に収まった世界の数である。


 幾度も幾度も器を移し、不死に等しく生き長らえる、正真正銘の頂点捕食者。

 当世に於ける名を、リシュリウ・ラベル。


 …………。

 否。否、否、否、否、否。


 リシュリウとは、あくまで器を指しての呼称に過ぎない。

 数百年前、降り立った世界にて奪った身体の名に過ぎない。


 然らば。先に因み、その文字列も貼り替えるべきだろう。


 アラクネ・ラベル。

 或いは──ツムギ・ラベル、と。





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