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一瞬だけ太極が崩れ、水中に沈みかけた足。
すぐさま体勢を直し、壊れ物の如くリゼを抱え、跳ぶ。
「あー無理。もー無理。これは無理。今回こそ死んだわよ私達」
臨月呪母を亜空間ポケットに仕舞い、くたりと脱力し、垂れ流される諦念。
ひどく顔色が悪い。唐突に降って湧いたバケモノ達の威容を、俺達の中で誰より深く感じ取っているからか。
「まだ行きたいフルーツパーラー三十件くらい残ってるし、予約してた新作マニキュアも楽しみだったのにぃ……」
「心配するな。この場に俺達が居ようと居まいと、どちらにせよ手を拱いてりゃ死ぬ」
プラス世界も終わる。
まさしく一蓮托生。
「アンタの慰め方、すっごい個性的」
少なくとも褒め言葉じゃないのは明らかだな。
個性的だの変人だのと評価されて喜ぶ奴は、一部の中高生だけだ。
虚空を蹴り付け、宙を駆け巡り、再び着水。
直線距離で概ね二十キロの間合い稼ぎ。
幾らか遅れてヒルダ、五十鈴、フォーマルハウトも続々と降り立つ。
「うえぇ。ちょ、何あれ。ヤバ過ぎだよ」
軽い語調とは裏腹、強張った表情で額の汗を拭い、二本の石剣を強く握り直すヒルダ。
俺達の中で最も察知系の能力に乏しいコイツが明確に脅威を感じられてるって時点で、コトの深刻さが測れるだろう。
〔──あら〕
抑揚の無い呟きが、耳朶を突く。
〔あら、あら、あら、あら〕
近くにリシュリウ・ラベルの姿は無い。
そもそも奴さん、巨木の前から一歩も動いていない。
にも拘らず、まるで隣に居るかのような声の近さ。
かなり気持ち悪い。
〔ずいぶん、とおくまで、ひきました、ね〕
揶揄い半分、皮肉半分といった塩梅の語調。
仰る通り。たかだか十キロ二十キロ開けた程度じゃ気休めにもならん。
この無限に等しい領域すら、狭苦しい檻も同然。
あれが万全の、討伐不可能指定クリーチャーか。
〔ふふふふ。よろしい。かたわらで、あばれられては、めんどう、ですし〕
おすし。
そんな古臭い冗句は置いといて、降り掛かる重圧が一層と重くなる。
既に火蓋は切られる間際。待ったも泣き言も受付対象外、と。
ま、そんなもんハナッから選択肢に入っちゃいないが。
「なあ。ジャンケンでいいか?」
敵は四体。
俺達もフォーマルハウトを除けば、ちょうど四人。
「勝った順な。どいつと当たるか恨みっこ無しで決めようぜ」
「ツキヒコって徹頭徹尾ブレないよね。ある意味すごいよ」
ちなみに俺の狙い目は当然、一番エネルギー密度が濃い奴。
何事も、どうせやるなら、てっぺんを目指しましょう。
「……ああ。そうだ」
提案ついでに──手首を抉り裂く。
「折角の大舞台。いい感じな演出に使える奥の手が欲しい奴は飲め」
滴る最中に青く染まる血で濡れた掌を差し出す。
「飲めば、ごく短い間だが、恐らく人竜のチカラを使えるようになる筈だ」
心身の固定と毒素の排斥が能うリゼなら兎も角、他は下手すりゃ死んだり自我が崩壊したり肉体が異形化したりするかも知れんけど。
確率的には、だいたい九割八分くらいで。
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