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「半年……半年か……くそったれ……」


 自宅の卓袱台に額を擦り、嘆息。


「万全な仕事には相応の時間が必要でしょ。寧ろ早いくらいよ」


 下着姿でヨガマットに座ったリゼが、伸びをしながら尤もらしく述べる。


「お前は、まだマシだろ。マゼランチドリの方は今週末に修理が終わるんだ」

「アレもアレで粉々だったのにね。変な改造されてないか、だいぶ不安」


 一旦言葉を切り「まあ助かるけど」と語尾に添わる。


 ──リゼが扱う技の中でも特に高い、他の比ではない精度を求められる『宙絶』。

 こいつを繰り出すには、手足の如く馴染んだ得物が不可欠。


 つまり臨月呪母かマゼランチドリ、或いは十歩譲って樹鉄刀が無ければリゼは『宙絶』を、延いては空間転移を使えない。

 厳密に言えば低出力での単発限りなら撃てるが、ほぼ確実に媒体を壊す。


「アンタだって防具は無事でしょ。女隷だけでも難度九までなら軽いくせに」

「やっぱゴチャゴチャと武器を入れ替えたいのが人情」

「正直、四半秒刻みで形態変えるのやめて欲しいのよ。合わせる方の身にもなって」


 そんな風に文句垂れながらも、いざ実戦では完璧に手拍子を打つリゼちー。

 いかに魂の色味で行動を先読み可能とは言え、常に最適解で動けるのは尋常に非ず。

 空間認識、状況把握、取捨選択などの判断能力が凄まじく高い証左。

 この知性が、なにゆえ勉学に繋がらないのか。


「……失礼なこと考えてる?」

「いや全く」






 しかし困った。

 半年も樹鉄刀を取り上げられるとか、どうすれば良いんだ。


「高難度ダンジョンに潜っても即飽きる自信がある」


 加え、樹鉄刀抜きで難度十に攻め込むのは継戦能力の低下を鑑みれば流石にキツい。それはそれで燃えるが、そもそもリゼが許すまい。

 即ち連鎖的に半年間、最前線はお預け。


「勘弁してくれ。退屈で死んじまう」

「じゃあ私と遊んで。ひま」


 後ろから伸し掛かり、後頭部へと顎を乗せてくる大型猫。

 全国各地のレジャースポット巡りみたいな感じで、しょっちゅう一緒に遊んでるだろ。


 つーか。


「大学の方は平気なのかよ」


 残り単位とか、卒論とか。

 もう十月下旬ですよ奥さん。


「…………よゆー」

「なんて白々しい嘘だ」

「るっさい。余裕ったら余裕」


 仰向けに引っ繰り返され、畳へと押し付けられる。

 至近距離で、赤い瞳と視線が重なった。


「現実逃避くらいさせなさいよ」

「言っちまったよ現実逃避」


 ま、いざとなれば救済措置もあるし大丈夫だろう。

 やれば出来る子なんだ、コイツは。


「……うー。月彦ぉ……」


 耳元で転がる、甘えたウィスパーボイス。

 両腕をリゼの背中へ回せば、同じ所作で以て返される。


「細いのに柔らかい。いつもながら摩訶不思議だ」

「ふふん」


 骨肉を削る『呪胎告知』及び、常に倍速で血糖を費やす『消穢』のリソース用としてボディラインを維持出来る上限まで積んで尚、適正体重を十キロ以上も下回る軽量体。


 にも拘らず全く骨張っていない、寧ろメリハリの利いた健康的な肉付き。

 常人より細い骨格、バネに秀でた筋腱。謂わば一種の特異体質か。


 ただ、半裸で動き回るのは如何かと。


「家の中でも服くらい着ろ。それとも、いっそ綺麗に脱がせてやろうか?」

「ッッ」


 ちょうど触れていた下着の留め具に指先を引っ掛けて囁くと、リゼが身を強張らせた。


 吐息を押し殺すかのように、首筋を噛まれる。

 手だけ幽体化させて魂を撫で回すんじゃありませんよ。くすぐったい。


 ──俺達の腕輪型端末が揃ってメッセージ受信を報せたのは、そんな頃合。


「あァ?」


 偶然と呼ぶには整い過ぎたタイミング。

 十中八九、同じ送り主からだろう。


「広告系の通知は切ってる筈だが」

「いっそ叩き壊せば」

「どうした急に。ご機嫌ナナメさんかよ」


 怪訝に思いつつも空間投影ディスプレイを開く。

 並ぶ文面を視線でなぞり、小首を傾げる。


「なんだこりゃ」


 発信先は、探索者支援協会本部。

 その内容は……日本が擁する対カタストロフ戦力、沈黙部隊とのであった。





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