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「リゼさん、いえリゼ様。ひとつ肩など、お揉み致しましょうか?」

「難度十ダンジョンなら行かないわよ」


 順序立てて空気を作り、要求を通しやすくしようという俺の目論見は初手も初手で瓦解した。

 いくら魂の揺らぎと色合いで相手の心理状態が分かるとは言え、具体的な内容までバレたのは何故だ。


「アンタが下手に出る理由なんて他に無いもの」


 心を読むな。

 くそ。腹いせに肩じゃなく胸でも揉んでやろうか、この女。






「えー、事象革命より四十年余。ダンジョン市場は年々、拡大と発展の一途を辿っており――」


 探索者シーカーとなる以前、やりたくもない就活に臨むべく嫌々ながら用立てていたリクルートスーツ。

 初めてそいつに袖を通し、手にはレーザーポインター。


「取り分け数ヶ月前、青木ヶ原天獄にて発見された新種のドロップ品。此方には、今まで加工手段が見付かっていなかった八十番台階層産の素材に対する溶剤や研磨剤としての効果が――」


 やたらズレる伊達眼鏡を直しつつ、空間投影ディスプレイへと表示させた図やグラフを解説。

 男、藤堂月彦。一世一代のプレゼンテーション。


「即ち、最前線でのみ取得出来るドロップ品に多大な期待と注目が集まりつつある今こそ、版図を広げるチャンスであり――」

「ねえ月彦」


 はいはい、なんでしょう。


「アンタがネクタイ締めるとマフィアみたいね」


 さては全く聞いてないな、人の話。






「オーケー、俺も譲歩しよう。ヒルダを誘う。三人なら文句無いだろ?」

「非常識な旦那様に教えてあげる。深層って、普通は一線級クラスが五十人くらい集まって潜るの」


 ああ、聞き覚えのある話だ。

 戦闘要員三十名、支援要員二十名。道中の警戒だの食事や睡眠のローテだの諸々の安全面を考えると深層遠征には最低限そのくらいの人員が必要、みたいな。


 何せ十階層毎にクリーチャーの強さが跳ね上がるのはダンジョン全体に共通する特徴だけれど、四十番台階層と五十番台階層は、その落差が段違い。

 その分ドロップ品の取引価格やダンジョンボスの討伐報酬も桁ひとつ変わるワケだが。


 て言うか。


「お前、大人数でパーティ組むの嫌がるじゃねぇかよ」

「当たり前でしょ」

「当たり前なのか」


 なら仕方ない。


「オーケーオーケー。だったら取り引きと洒落込もう」


 指を鳴らす。

 ついでに、着替えるのが面倒だったため『初めからスーツを着ていなかった過去』に差し替えた。


「条件を引き下げる。難度は九で構わない。当然ヒルダも連れて行く」


 そして。


「等価交換だ。お前の願いも一個だけ叶えてやる。俺に出来ることなら、なんでも言え」

「じゃあ願いの数を百個にして」


 当面の奴隷生活が決まった瞬間である。





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