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思わぬ方向に舵が切られてしまったものの、相変わらずな取材断固拒否の姿勢で事態の自然鎮火を待とうと考えた俺。
が――やはり災難とは、往々に重なるらしい。
「ざけんなクソッタレ!」
身バレ以来、ちょくちょく寄せられるようになったパーティ勧誘。
中堅以上の、割と名の知れた方々からも熱心な口説きを受けたあたり、俺が世間に与えたインパクトは大きかったらしい。
そして軍艦島の一件が割れると、勢いは更に加速した。
一線級に位置するパーティのリーダー格が直接会いに来る、なんて珍事もあった。
尤も、未だ学生ゆえ長期間のアタックが難しいこと。共に誘われたリゼが難色を示したこと。
あとは、単純に惹かれるものを感じなかったことを併せて、丁重に断りを入れ続けていたのだが……。
「あんのアイドル野郎、マジふざけんじゃねーぞ!」
つい昨日、ある男――名前忘れた――から受けた誘い。
スロット持ちの国民的アイドル。
必然、国内に於ける知名度は、ともすればDランカーすら上回る新人
そいつが結成するパーティ、と言うかユニットの一員になってくれとか、なんとか。
しかも、雑誌の記者だのが何人も居る前で、堂々と。
「なーにが「一緒に頂点を目指そう」だ! エンタメ重視のチャラついた活動方針でテッペンが取れるほど甘い業界じゃねーんだよ! 要は俺にボロ負けした件を有耶無耶にしようって魂胆だろーが!」
「バックの指示でしょ」
転居したばかりの我が家に、いつの間にか持ち込まれたヨガマットの上で女豹のポーズを取りつつ、リゼが言う。
「SRCでの云々を差し引いても、アンタならルックスも舞台度胸も十分だし、話題性だって狙える。向こうからすれば道端に落ちてる札束みたいなものよ」
「にしたって、やり方が小狡い! なんだ、こりゃあ!?」
今朝、発刊したばかりの週刊
開かれたままのページには、昨日の勧誘についてが大きく取り上げられていた。
加えて、あたかも俺が既に話を承諾したかのような空気を匂わせた文面。
印刷までの猶予など数時間も無かったろうに、急ぎで書き上げたにしては整い過ぎた文体と構成。
十中八九、予め用意された内容。
世論を操作し、済し崩しの空気でも作る気か。
「――下らねぇ」
雑誌ごと破り捨てる。
実に、実に、苛立たしい。
「要らねえんだよ。余計なものは何ひとつ」
十数年、延々と望み続けた道への入り口に立つ資格は得た。比翼に等しい相棒も。
なら、あとは俺自身の辿り着ける果てまで、朽ちて消える瞬間まで、駆け抜けるだけだと言うのに。
「こっちがガラでも無く気ぃ遣ってやれば、調子に乗りやがって」
それを妨げるつもりなら。
「あァ面倒くせぇ! どいつもこいつも俺の邪魔を! こうなりゃ全員ズタズタに――」
「月彦」
ふと。細く柔らかな感触が、頰に添う。
「二月に入ったら、すぐ春休みね」
「……あァ? まあ、そうだな」
気付けば隣に立っていたリゼの手が、おとがいを繰り返し撫ぜる。
「私、今回は実家に帰らないで大丈夫なの。また二人で、どこか遠征しましょう? きっと楽しいわ」
凪を思わせる赤い瞳が、じっと俺を見る。
ひと言ひと言が刺抜きのように、腑のささくれを取り除いて行く。
「ここを離れれば、少しは人だかりも減るだろうし」
「…………そう、だな。ああ、その通りだ」
危うく短絡的な手段に打って出るところだった。
無法の罷り通った地元とは違う。安易な暴力に頼れば、状況は悪化する一方だ。
「悪い」
「何が?」
リゼの手に俺の手を重ねると――指を絡めるように、握り返された。
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