773・Glass






 如何なる有形無形をも、一握の灰塵すら存在を許さず、燃やし尽くす。


 そんな心算にて撃ち込んだ、必滅の弾幕。

 しかし爆炎が吹き消え、晴れ渡る視界の先には、五体揃ったヒトガタの輪郭。


 無傷……とまでは行かずとも、大きな損傷は見受けられない。


「こん程度で倒しぇたら、苦労は無かか」


 身丈は概ね、私の三倍弱。

 仰ぐような巨躯がスタンダードである深層クラスとしては、やや小柄な部類。


 生物よりも鉱物に近い、石像を思わせる質感の肉体。

 完璧な黄金比で備わった、男性美の具現が如し強壮な筋骨。


「ッ」


 此方を見返す、彫りの深い貌。

 突き立つ視線だけで、臓腑が握り潰されるに等しい圧迫感。


 ……否。恐らく魔眼でチカラを不活性化させていなければ、実際に潰れていた。

 圧倒的上位存在。対峙自体が無謀なのだと、骨の髄まで染み渡る畏怖。


「まさしく、神」


 難度十ダンジョン『降臨都市オリュンポス』九十階層フロアボス。

 討伐不可能指定クリーチャー『ゼウス』。


 オリュンポスには過去二度、前職の任務で赴いたが、いずれも八十階層までの侵攻。

 必然、実物を拝むのは、今回が初。


 嘗て降したフロアボス──翼持つ蛇『テュポーン』の姿を、記憶から掘り起こす。


「比較対象にもならんばい」


 七年前に三十七人。三年前に二十五人。

 世界各国の精鋭を数多く殺めた怪物が、まるで乾涸びた蚯蚓。

 同ダンジョンの八十階層と九十階層で、こうも隔絶するのか。力の差が生ずるのか。


「ふうぅぅっ」


 ドライアイ対策に殆ど水分で作らせたコンタクトレンズを用意し臨んだのは、英断。


 九種全ての討伐不可能指定クリーチャーと交戦経験を持つ唯一の組織、六趣會。

 昔、ジャッカル師が言っていた。ゼウスは雷霆ケラウノスを始めとした数々の魔法で武装し、夥しい権能で自身を護る不死身のバケモノだと。


 同じ最強でも、単純明快な膂力と強度で頂点に座すドラゴンとは異なる在り方。


 然らばこそ。その悉くを封じ、不死性すら除く『ミスティルテイン』との相性は最高。


 例え視界を外れようと『ロックオン』が奴を捕まえ、邪視を繋ぐ。

 私が右眼を開き続ける限り、ゼウスは一割も力を振るえない。


 ──故に、ただ一回の瞬きが明暗を別つ。


 魔眼の性質は、既に割れた。

 ゼウスが四半秒でも本来の威容を取り戻せば、確実に打って出るだろう。


 そうなれば、きっと私は呆気無く敗けて死ぬ。


「長引くほど不利。即殺のみが活路」


 …………。

 やむを得ず、か。


「ジョーカー」


 圧縮鞄の奥底に仕舞い込んだ、衆目を憚られる切り札。

 リターン機能で以て、手元に喚び寄せる。


「ファイヴ・オブ・ア・カインド」


 秘すべきを、抜いた。





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