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 身を屈ませた大口真神が、弾かれたように俺へと迫る。


 初速の時点で、ほぼトップスピードに至った機動。

 神懸かり的な瞬発力。動物を象ったクリーチャーは往々に素早いものだが、それを加味しても埒外。

 単純な速さ、総合的な身体能力は、現段階に於ける『深度・弐』状態の俺を数段凌ぐ。


 ――が。こちとら伊達や酔狂でなどと触れ回ってはいない。


 視線、荷重、体勢、振動、風圧、雑音、摩擦、色調、香気、質感、呼吸、その他諸々。

 全て我が識覚の網羅が内。奴の一挙手一投足に至るまで、余さず掌上。


 然らば攻撃など、悉くテレフォンパンチに等しい。


「大雑把。スピード自慢は動きが単調に過ぎる」


 百本以上の牙が並ぶ顎を紙一重で躱す。

 無駄にデカい図体の所為で小回りが利いていない。アジリティなら此方が勝る。


 すれ違い様、十八回斬り付けてやった。

 手応えイマイチだけど。


「チッ」


 やはり硬い。いくら『豪血』を適用させているとは言え、十回二十回程度じゃ毛皮を削ぐのが精々か。

 二刀、軽量、鋸刃。そんな特性上、一撃の威力と斬撃の深さに欠ける番式は相性的に今ひとつな模様。


 百回千回とダメージを積み重ねれば話も変わるが、チマチマ遊ぶ気分じゃねーんだよな。

 形態変えるか。どれにしようかな、と。


「『穿式・燕貝』」


 双刀が絡み合い、螺旋を彫り込んだ剣身へ変ずる。

 刺突特化の細剣形態。コイツなら毛皮も肉も骨も臓物も全て綯い交ぜ、一緒くたに貫きせしめるだろう。

 いざ蜂の巣ショータイム。


 …………。

 やっぱやめた。気ぃ乗らん。


「『斬式・蓬莱』」


 振り払われる前脚を避けつつ、再三の変移。

 得た姿は、七形態で最も馴染み深い、柳刃の直剣。


 どちらかと言えば長包丁に近いシルエット。

 ただし包丁と呼ぶには、些かばかり攻撃的。


「良い塩梅に八つ時だ。甘辛く煮た犬鍋でも頂こうかねェ」


 まあクリーチャーが死んだところで亡骸は残らんけども。

 肉落とせ肉。深層で手に入る食材系ドロップアイテムは死ぬほど美味いと聞くぞ。





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