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 まだ見ぬ人類の可能性を知った日曜日。

 あーだこーだ考え始めたら、ただでさえ色素の薄い灰髪が真っ白になりそうなので、やめておいた。


「つか、ボチボチ治療くらい済ませとくか」


 動く度に右目の中がジャリジャリ擦れて、いい加減うざったい。


 何か手頃な道具は無いかと視線を流せば、先程リゼが使ってたデザート用のフォーク。

 眼窩に突っ込み、埋没した金属片を手探りで穿り出す。


「……痛くないの、か?」

「痛てぇに決まってんだろ。だからどうしたよ」


 摘出した幾つもの破片を雑把に整えたところ出来上がったのは、形状も材質も異なる四種の弾丸。

 各々に妙な気配。理屈は見当もつかんが、こいつらを組み合わせれば何らかの形でスキル発動を阻害する効果が生じるらしい。


 対探索者シーカー用の特殊兵装。斯様な代物を扱える者など、相当限られる筈。

 少なくとも個人での調達は不可能に近い。順当に考えれば警察や自衛隊の特殊部隊か、或いは。


 …………。

 いいか別に。どうでも。


「ヒルダ。悪いが二級ミドルランク回復薬ポーションくれ。作れるんだろ」

「なんまいだー、さんばいざー、いんべーだー」


 いつまでやっとるんだ、お前。

 そんなインチキ念仏、いくら必死こいて唱えたところで意味ねーぞ。


 あと塩を撒くな塩を。畳が傷む。






「右上下右左左上右下右左上左右右下下右上」

「クハハハハッ、計測完了! 結果――八.〇!」


 イマイチ視えねーな。調子半分てとこか。

 ま、すぐ戻るだろ。無問題、無問題。


「五十鈴。返すぜ」

「……我が黄金の眸に、今暫くの微睡みを……」


 眼帯当てた瞬間、厨二スイッチ入りやがった。

 ハンドル握ると性格変わる、みたいなタイプか。






 半開きの瞼を擦りつつ、俺の顔を撫でるリゼ。

 固まりかけていた青い血痕が『消穢』により、焼け焦げるような音を立てて払われた。


「馬鹿ね。つくづく」

「ぅるる」


 唸って誤魔化すと、リゼは溜息混じり「シャワー浴びて来る」と言い残し居間を去る。

 暑苦しげに袈裟を脱いだヒルダも、便乗とばかり着いて行った。


「凶暴で知られた『魔人』殿も、どうやら己が片翼には弱いようだ」

「るっせぇ……それより、話の途中だったよなァ?」


 茶化すジャッカル女史に悪態で応じ、向き直る。

 と言っても。話し合うべきことなど、もう殆ど無いのだが。


「今日は、そこそこ満足した。ヒルダと遊んだお陰でな」


 ハガネとの再戦は当面不可。妊婦相手とか、常識云々以前の問題。

 他の望みも、特に思い付かん。


 そして俺は五十鈴に借りがある。

 軍艦島で血を分けて貰った借りが。


「ん。いいぜ」


 ――何より。フェリパ・フェレスが手紙ラブレターに偽装する形で俺へと差し出したリターン。

 あれだけで既に値万金、十分過ぎる報酬。

 正味ハガネ関連の要求は、半ば吹っ掛けに近かった。


 以上を踏まえ、結論を述べるに。


「一曲踊ってやるよ。世界平和とやらのために、な」





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