743・閑話43






 難度八ダンジョン魔界都庁を統べる女王、絶凍竜妃フォーマルハウト。


 ──彼女は特別である。


 九九九の異界門に数多と犇く雑多な同胞。

 延いて、それらの頂点に輝きし九つの極星。


 ──その悉くを差し置いた、唯一無二の存在である。


 階層の数字によって大雑把に線引かれているの垣根を外れた超過種。

 世界を形作る地水火風空の全てを静止させる、権能級のチカラを宿した最強の氷竜。

 無尽蔵の熱量供給が妨げとなり、本来ボスには扱えぬ『魅了チャーム』をも操る麗しき人竜。

 死後の転輪に際し、記憶の継承を赦された饗宴の巫女。

 自らが殺めた者達の魂を捕らえ、硬く冷たい像へ注ぎ込むことで死兵と成す造形師。

 嘗て、三千世界のひとつを治めていた覇者。


 ──彼女の特異性は、肉体と精神を形作る根幹、即ち人竜の因子に由来する。


 人で在り、単なる人には非ず。

 竜であり、単なる竜には非ず。


 双方の特性を兼ね備え、双方の枠組を乖離した単独種。


 なればこそ彼女の因子は、他の因子を冒し穢す感染性の激毒。


 肉ひと欠片、血一滴。

 ほんの少しでも彼女を取り込んだ生物は己の因子を侵食され、九分九厘、死に至る。

 縦しんば生き残ろうとも、全細胞と魂を亜竜へ作り変えられ、眷属と化す。


 ──だけれど。藤堂月彦は例外だった。


 強靭などという言葉では到底評せぬ、異質かつ異常な精神構造。

 怪物じみた自我の強さが感染を抑え込み、剰え隷従させた。


 ──そして『竜血』とは、謂わば一時的な許容。


 心身に対し二割程度でのを目溢した人竜因子の感染率を己が意思にて拡大し、自ら異形へと歩み寄る人為的バイオハザード。

 身体能力や肉体強度に留まらず、生物としての段階自体を押し上げる、神域の悪業。


 スキルの一たる『双血』に限りなく近しい発動様式を用いているが、イメージの描き易さで収斂したに過ぎず、実態は全くの別物。

 スロットを介さぬ、とどのつまり固有の異能。

 そういった代物を生み出せる次元へ到達したという、逆説的な証明。






 斯くして『魔人』より昇華せし『魔人竜』が、産声を上げる。






 世界が滅ぶまで、あと六十分を切った。





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