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摩擦熱が熾す火花と共に指を鳴らす。
刹那。今にも建物ごと崩壊しかねん有様だったショッピングモールが、元通りとなる。
まるで何事も無かったかのように。
――否。事実この数分間、特筆すべき出来事など、ひとつとして起こらなかったのだ。
それこそが『ウルドの愛人』のチカラ。良いも悪いも見境無く妄と帰す過去改変能力。
痕跡ごと差し替えてしまえば、対象となった過去が本来は如何なものであったかさえ、誰の記憶にも残らない。
「これで満足か、お姫様」
「なんで私がワガママ言ったみたいな空気出してるワケ?」
ただしリゼだけは身体の一部を常に『ベルダンディーの後押し』で固定しているため例外。スキル自体は問題無く使えるものの、前後を余さず認知されてしまう。
お陰でコイツ相手だと誤魔化しが利かなくなった。つらい。
「てかアンタ、自分のダメージも消しなさいよ」
嫌だね。
糸を張り詰めさせて外見は無傷を取り繕ってるんだから、いいだろ別に。
「ちょっとガムを買いに出てた間で、あんな大騒ぎ起こすとか。逆に感心するわよ」
「ついうっかり」
心底呆れ果てた様子のリゼ。
軽妙な言い訳も思い浮かばず、苦し紛れの返答を送ると、それはそれは盛大な溜息。
「後先考えなさ過ぎ。遠からず自分で自分の首を絞める羽目になるわよ」
その時は過去を差し替えれば済む話。
とは言え。
「アンタの反則みたいなスキルも、全能ってワケじゃないんだし」
然り。無類の汎用性を誇りし『ウルドの愛人』だが、欠点や制限だって当然ある。
一に発動条件。チカラを使う際は、差し替えたい過去に深く紐付いた存在を直視しなければならない。
今回の場合だと、媒介たり得るのは暴れた張本人である俺かシンゲン氏、或いはブッ壊したショッピングモールあたりか。
二に改変自体の難易度。有り得たかも知れない可能性、過去の分岐は、確率の多寡によって視え方が変わる。
低くなるに連れ、遠く小さく。必然、現実離れした差し替えほど難しい。
尤も、そこら辺は習得者の視力次第。つまり五感を引き上げる『豪血』との相性が極めて良かったりする。
三に支払う代償。我が『ウルドの愛人』は使えば使うほど、より古い過去を差し替えるほど――これについては、別に構わんか。
どうでも良過ぎてリゼにも教えてねーし。
ざっくり纏めると過信は禁物って話。全能感に溺れた
大体、困ったらすぐ『ウルドの愛人』頼みってのも面白くない。
便利な異能に依存とか、ダメ人間まっしぐらだ。
「あんまり無茶苦茶やらかしたら、そのうち泣くわよ。私」
「はァん?」
変な声出た。斬新な脅しを仕掛けるんじゃありませんよ。
お前の泣き顔なんぞ想像出来んし、したくもねぇわ。愛想ゼロの鉄面皮め。
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