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「あら」


 水と空で満たされた、他に何も無いセカイ。

 その中心地だろう座標にて佇む、巨大な古木。


 葉は一枚も茂っておらず、節くれた幹から伸びる枝も一本きり。

 だが、よくよく見れば驚くほど生命力に満ち溢れた、実に奇妙な樹木。


「あら、あら、あら、あら、あら」


 澄んだ声。抑揚の無い語調。

 ブリキの如雨露を片手、樹の手前に立っていた白い人影。


 それが、ゆるりと此方を振り返る。


「ずいぶん、おそかった、ですね」

「──あァ?」


 その面を目にした瞬間、脳内を疑問符が踊った。


「まちわびました、よ」


 混じり気の無い白髪。ぴったりと体型に沿った白スーツ。

 強膜が黒く染まった青い瞳。白杖に収めた黒剣。


 …………。

 断片的な特徴こそ、一致する。

 居ると半ば確信していた、ここまで到達し得るだけの力を持つであろう女と。


 現に、同じだ。

 耳を撫でる平坦な口舌も、やたら背筋の伸びた立ち姿も、少し右側に寄った重心の乗せ方も、蟻走感を覚えるほどの底知れぬ気味悪さも、全て同じ。

 もしこれで別人と言われたなら、俺の識覚はナメクジ以下って話になる。


 しかし。しかし、しかし、しかし。


「どういう珍プレーだ。そのナリは」

「はい?」


 指差す代わりに顎をしゃくると、女──リシュリウ・ラベルと思しき其奴は、小首を傾げ、とぼけた風に俺を見返す。





 そう言えば暫く連絡を取っていない、つむぎちゃんと瓜二つの容姿で。





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