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一万とんで八十八。
ひと息を吸い終えるまでに捌いた、攻め手の数。
巨大と呼んで差し支えない体躯からは俄かに想像し難い敏捷性。
否。光速を超えた俺に守勢を押し付ける時点で、速い遅いの尺度など外れている。
〈凌イダカ。小生意気ナ〉
「……あァ?」
奴にとっては蝿を払う程度の、攻撃にカテゴライズするのも憚られる所作。
そんな雑把を堪えたくらいで驚かれちまうとは、随分と安く見られたもんだ。
つーか。凌げてねぇよ。
「チィッ」
千切れ飛んだ両腕。
土手っ腹を貫いたバレーボール大の穴。
あとは節々に骨折、内臓破裂などなど。
樹鉄を取り込み、何倍にも引き上がった基礎身体能力。
そいつを更に赫夜で鎧い、延いては『深度・参』の赤と青で高めて尚、紙切れ同然。
幾つか捌き損ねて余波を浴び、この体たらく。まさしく以て桁違い。
討伐不可能の名に恥じぬ、天井を推し量ることすら至難を極める、滅茶苦茶な出力。
「危ねぇ危ねぇ」
もし直撃を受けていれば、或いは『深度・弐』以下だったならば、既に終わっていた。
そんな幕引き、御免被る。
あまりにも勿体無い。
──アラクネの粘糸で肉片を手繰り寄せ、接合。
塵芥と帰した欠損部分は樹鉄刀の再生機能で埋め立て、五体を編み直す。
「ハハッ」
地上なら一帯が砂漠化する勢いでエネルギーを吸う。
ここは深層だ。源泉は無尽蔵に等しい。
俺の体力と気力が続く限り、百回でも千回でも一万回でも回復を繰り返せる。
が──果たして、どう切り崩したものか。
「一応、四十発は叩き込んだ筈だがな」
初手の『破々界々』含め、全くの無傷。
彼我を構成するエネルギーの総量が、出力が、密度が、違い過ぎる。
〈疾ク消エ失セロ!〉
咆哮。吐炎。
火を吐いていると言うより、体内の埒外な高熱が反映された単なる息吹。
要は人間が埃を吹き払う行為に近い。そんなアクションすら、馬鹿げた破壊力。
然れど、同じ攻めを二度も食らうほど呆けちゃいない。
大気を掴むように受け流す。
打ち上げた獄炎は天まで昇り、空を灼いた。
「派手だな」
骨身が震える。差し当たり、勝機なぞ芥子粒ほども見出せねぇ。
脳がドーパミンに浸かる感覚。堪らない。
これだよ、これ。まさしく俺の求める闘争そのものだ。
……しかし。このまま続けたところでジリ貧か。
何かしら方法を変えなければ、戦いにもならん。
まずは此方の刃を通す手段の確立。
次に、妖狐の全容を掌握──
「ン」
思案の傍ら、耳朶に折り重なった銃声。
金属同士のぶつかる、甲高い跳弾の音色。
七方より僅かな時間差を帯びて妖狐へと迫る、七発の弾丸。
出力や熱量という意味では、俺の拳打に遥か劣る鉛玉が──黄金の毛皮を、貫いた。
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