696






 一万とんで八十八。


 ひと息を吸い終えるまでに捌いた、攻め手の数。


 巨大と呼んで差し支えない体躯からは俄かに想像し難い敏捷性。

 否。光速を超えた俺に守勢を押し付ける時点で、速い遅いの尺度など外れている。


〈凌イダカ。小生意気ナ〉

「……あァ?」


 奴にとっては蝿を払う程度の、攻撃にカテゴライズするのも憚られる所作。

 そんな雑把を堪えたくらいで驚かれちまうとは、随分と安く見られたもんだ。


 つーか。


「チィッ」


 千切れ飛んだ両腕。

 土手っ腹を貫いたバレーボール大の穴。

 あとは節々に骨折、内臓破裂などなど。


 樹鉄を取り込み、何倍にも引き上がった基礎身体能力。

 そいつを更に赫夜で鎧い、延いては『深度・参』の赤と青で高めて尚、紙切れ同然。


 幾つか捌き損ねてを浴び、この体たらく。まさしく以て桁違い。

 討伐不可能の名に恥じぬ、天井を推し量ることすら至難を極める、滅茶苦茶な出力。


「危ねぇ危ねぇ」


 もし直撃を受けていれば、或いは『深度・弐』以下だったならば、既に終わっていた。


 そんな幕引き、御免被る。

 あまりにも勿体無い。


 ──アラクネの粘糸で肉片を手繰り寄せ、接合。

 塵芥と帰した欠損部分は樹鉄刀の再生機能で埋め立て、五体を編み直す。


「ハハッ」


 地上なら一帯が砂漠化する勢いでエネルギーを吸う。


 ここは深層だ。源泉は無尽蔵に等しい。

 俺の体力と気力が続く限り、百回でも千回でも一万回でも回復を繰り返せる。


 が──果たして、どう切り崩したものか。


「一応、四十発は叩き込んだ筈だがな」


 初手の『破々界々』含め、全くの無傷。

 彼我を構成するエネルギーの総量が、出力が、密度が、違い過ぎる。


〈疾ク消エ失セロ!〉


 咆哮。吐炎。

 火を吐いていると言うより、体内の埒外な高熱が反映された単なる息吹。

 要は人間が埃を吹き払う行為に近い。そんなアクションすら、馬鹿げた破壊力。


 然れど、同じ攻めを二度も食らうほど呆けちゃいない。


 大気をように受け流す。

 打ち上げた獄炎は天まで昇り、空を灼いた。


「派手だな」


 骨身が震える。差し当たり、勝機なぞ芥子粒ほども見出せねぇ。

 脳がドーパミンに浸かる感覚。堪らない。

 これだよ、これ。まさしく俺の求める闘争そのものだ。


 ……しかし。このまま続けたところでジリ貧か。

 何かしら方法を変えなければ、戦いにもならん。


 まずは此方の刃を通す手段の確立。

 次に、妖狐の全容を掌握──


「ン」


 思案の傍ら、耳朶に折り重なった銃声。

 金属同士のぶつかる、甲高い跳弾の音色。


 七方より僅かな時間差を帯びて妖狐へと迫る、七発の弾丸。

 出力や熱量という意味では、俺の拳打に遥か劣る鉛玉が──黄金の毛皮を、貫いた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る