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「ところで。君達に提案をさせて貰いたい」


 リポップまで数時間は要する四十階層フロアボスの復活を待つか、早々と素通りすべきか考えていたら、ペットボトル片手、ヒルダが唐突に切り出す。


「会って間もない、それも随分な失礼を働いてしまった相手に、こんな話を持ち掛けるのも憚られるのだけれど」

「くるしゅうねぇ。申してみよ」

「何様?」


 俺様。


「ありがとう……実を言うと来日した目的は、もうひとつあるんだ」


 だろうな。

 ただ俺とオハナシしたい一心で、あの手続き地獄を乗り越えようなどと考えるワケがねぇ。


「――高難度ダンジョンの攻略に、興味は無いかな?」






 日本の未踏破ダンジョンを攻略する算段がある。


 滔々と語られたヒルダの話を簡潔に纏めると、つまりそういうことらしい。


「随分、大きく出たもんだ」


 現在この国に在籍する約六万人に加え、過去四十年を遡った全ての探索者シーカー

 最も過酷だった事象革命直後の黎明期を支えた傑物達や、全世界三百万人の中でも上位千人だけが名を連ねるDランカー。


 そんな錚々たる顔触れをも阻み続けた厚く高い壁こそ、未踏破ダンジョン。

 如何に輝かしい功績を積み重ねていようと、ヒルダの如き探索者シーカー歴二年足らずの新人が、おいそれ手出しすべきヤマではない。


 だからこそ、興味を惹かれる。


「揃え得る限りの情報を揃えた上での合理的判断さ」

「ゴーリテキハンダン」

「どの口が言えるのよって感じね」


 俺達の呟きに対し、自覚はあるのか曖昧に微笑むヒルダ。

 考え無しに人を襲った女が述べたところで著しく説得力に欠けるワードだ。知略系のキャラクターを演じるには、第一印象がアレ過ぎる。


 が。信憑性は兎も角、確固たる自信に溢れた口舌。

 妄言と断ずるには、あまりにも強い眼差し。


「面白れぇ」


 乗るべきだと、理屈の外で本能が囁く。

 リゼを見遣れば、俺の好きにしろとばかり、チョコバーを齧っていた。


「詳しく聞きてぇとこだが……こんな場所で長話もなんだな」

「だね」


 立ち上がり、衣服の埃を払う。

 最早、四十階層フロアボスのことなど、頭から抜け落ちていた。






「ひとつだけ先に教えろ。どこを狙ってる?」


 ついこの前、沖縄の難度九ダンジョン『首里城』が六趣會によって攻略されたため、残る国内の未踏破は三ヶ所。


 栃木の那須殺生石異界。

 秋田の男鹿鬼ヶ島。


 そして。


「青木ヶ原天獄」


 奇しくも、ここ数ヶ月で俺が目を付け続けていた魔の樹海。

 がちりと、歯車が噛み合うような音を聴いた気がした。





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