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「すぅ……すぅ……」


 さっきの『流斬ナガレ』で削った分を補給して眠くなったのか、石段に座る俺の隣で此方に身を預け、静かな寝息を立てるリゼ。

 人の懐で悠々と寛ぎやがって。まあ俺も『錬血』使う時は時々コイツの膝借りるし、お互い様か。


「そう言えば……自己紹介が、まだだったね」


 改まって佇まいを整えた後、女は俺の手を取り、恭しく人差し指に口付けを落とす。

 欧州人てのは、挨拶ひとつ持ち出しても気取ってるのな。


「僕はヒルデガルド。ヒルデガルド・アインホルン。気安くヒルダと呼んでくれたら嬉しいな」

「……ヒルデガルド?」


 耳馴染みのある名。

 探索者シーカーになって以来、幾度か日本記録なりアジア記録なり世界記録の更新を繰り返したが……その都度、聞いた名。


 十階層フロアボス単独討伐最短記録。

 二十階層フロアボス単独討伐最短記録。

 三十階層フロアボス単独討伐最短記録。

 四十階層フロアボス単独討伐最短記録。


 難度一ダンジョン単独攻略最短記録。

 難度二ダンジョン単独攻略最短記録。

 難度三ダンジョン単独攻略最短記録。

 難度四ダンジョン単独攻略最短記録。

 難度五ダンジョン単独攻略最短記録。

 難度六ダンジョン単独攻略最短記録。


 延べ十個の世界記録保持者。

 これら全てをデビュー八ヶ月以内、トータル千時間足らずで樹立し、世を騒がせた女。

 名だたるトップランカー達が嘗て打ち立てたレコードを軒並みブチ抜いた、ドイツ探索者シーカー界が誇る才媛。


 しかし。


「なんで日本に。てめぇEU所属だろ」

「言ったじゃないか。君に会うためさ」


 わざわざ国外活動の許可まで取ってか?

 以前その辺の申請手順を少し調べたが、かなり面倒だったぞ。


「そんなに不思議な話かな? 当分は破られないと半ば確信していた十のレコードが、一年と待たず九つに減らされたんだ。その相手に興味を抱くのは自然だろう?」


 そう言って、女――ヒルデガルド、ヒルダは、コートに留めたメダルの一枚を摘む。


 半分に割れた、恐らくは己の手で断ち割ったのだろうそれ。

 俺が函館迷宮を攻略した際、貰ったのと同じもの。


「尤も、君は僕と違って功績や称号には無関心みたいだけどね」


 割れたメダルを指先で弾くヒルダ。


「公開されていた情報が異様に少なくて、探すのに苦労したよ」


 SRCに出場てくれてなかったら、見付けられたか分からない。

 肩をすくめ、苦笑混じりに告げられた。


「注目を集めたり脚光を浴びるのは、お嫌いかな?」


 少なくとも、お好きではない。


「ゾロゾロ蟻みてぇに集られちゃ、鬱陶しくて蹴散らしたくなる」


 誰とも分からん輩共の賞賛なぞ俺の人生には不要な代物。

 何より。


「変に顔と名前が売れてみろ。いつ連帯保証人にされるか、分かったもんじゃねぇ」

「……アンタのその保証人に対する警戒心は一体なんなのよ」


 目を閉じたままリゼが呟く。

 なんだ起きてたのか。





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