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「随分くつろいでるわね」
庵が淹れてくれた紅茶片手、わらわら絡んで来るシンギュラ達の相手をする中、仄かに菓子の匂いを漂わせたリゼが到着した直後の第一声。
「人が汗水垂らして働いてるのに女侍らせてティータイム? いい御身分だこと」
すげぇ。さも自分は勤労に励みましたと言わんばかり。
ある意味で高度な処世術。こういう太々しさは見習うべきだな。
大体お前『消穢』あるから汗かかないだろ。
「私も紅茶。あと何か甘いもの」
「あ、はいっ」
俺の隣へ座り、謂わば雇い主の係累たる庵に茶運びを要求。
新入社員ながら態度のデカさは既に重役クラス。流石お嬢様育ちは違う。
てか、まだ糖分摂るのかよ。
今に全身が砂糖漬けになっちまうぞ。
……もうなってるか。
喉笛も指先も背中も唇も、どこもかしこも甘ったるいし。
「済まない、遅れたね」
ハンカチで額の汗を拭いつつ、急ぎ気味に参じたナントカ博士。
やはり大企業のトップは忙しい模様。タイムイズマネー。
「御苦労さん、五十鈴」
「ひうぅ」
博士の後ろに控えてた五十鈴へ軽く手を振ると、引き攣った笑顔が返る。
半年費やして、この有様。
話しかけたくらいで気絶しなくなったのは大きな進歩だが、手と足が一緒に出てるのは如何なものか。
緊張の表し方がベタ極まれり。
──ちなみにヒルダはナンパに熱が入ってるのか、遥か階下から動く気配が窺えない。
時間守れよ、ドイツ人。
「先程、正式に令状が届いた」
空間転移で引っ張って来たヒルダを席に着かせて幾許、博士が用件を切り出す。
尤も、改めて仔細を尋ねるにも及ばないが。
「これが原本だ。渡しておくよ」
今日び珍しい紙面での書類。
軽く目を通し──席を立つ。
「やっとかよ、待ちくたびれたぜ。お上の仕事は、すっとろくて顎が外れちまう」
奥歯の奇剣、装備一式が格納された義歯を噛み締めた。
瞬く間、窮屈なスーツが女隷へと切り替わる。
「ふあぁ」
欠伸混じり、全身に空間歪曲を施すリゼ。
捻じ曲がった色と形が正常へ戻ると、スライムスーツを着込んだ姿に一変。
腿のホルスターには
手中には、大鎖鎌に改造された臨月呪母。
「あと少しで連絡先を聞き出せたのにぃ……」
ぶつくさ文句垂れながら、渦巻く燐光を脈打つ黒い装甲と成し、鎧うヒルダ。
爆ぜる朧火と共に顕現す一対の石剣を浮かせ、互いの刃と刃を打ち鳴らす。
「便利やなあ、早着替え」
五十鈴は元より戦装束を帯びていた。
沈黙部隊の装備は既に返納済みゆえ、自前の一式。
後ろ腰に二丁、左脇腹に一丁、右脹脛に一丁と、計四丁のリボルバーが目を引く。
──ともあれ、戦支度は整った。
「行くぞ野郎ども。我等『シキ組』の栄えある初陣だ」
「私達の中で野郎はアンタだけよ」
細かいことは気にすんな。
虚空に穿たれた真円の洞。
そいつを正面に据え、見送りのナントカ博士とガイノイド達を振り返る。
「あの……気を付けて、下さいね……」
おずおず用心を告げる庵。
気を付けるとも。愉しみを逃さぬように、な。
「お兄ちゃん達、怖いところに行っちゃうの? ラムダ、やだ……やだぁ……」
「あまり我儘を言って困らせるものじゃない。ケーキを焼いて、帰りを待とう」
涙目で俯くΛと、それを宥めるLza。
困りはしないぞ。どの道、行くからな。
「うぇーい!」
どんな意図か、はたまた何も考えていないのか、再びハイタッチを求めて来る6TH。
応じると、からから笑う彼女。たぶん後者だろう。
「武運を」
古式ゆかしく切り火など切るu-a。
瞬膜フィルターで塞がれた右眼には、俺達の末路でも映り込んでいるのだろうか。
……どうでもいいな。
視えていようが、視えていまいが。往き先は微塵も変わらん。
ただ、鉄火場だけを望む。
「それじゃ博士。暫く有給を貰うぜ」
「分かった。良い報せを期待──」
言葉尻を拾うより先、空間の境目へ飛び込んだ。
俺は我慢弱いのである。
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