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 開幕五分前でチケットに記載された座席、と言うか個室に着いた俺は、待っていた甘木くんにサイン入りブロマイドを渡す。


「……………………マジ、ですか?」

「マジだとも」


 どうせなのでフルメンバー分コンプリートしておいた。

 ちゃんと、それぞれに『甘木くんへ』と書かせてある。


 当の本人は半ば放心状態。

 聞くところによると、シンギュラリティ・ガールズは人気が過ぎるあまり、サイン会や握手会の類をそうだ。冗談抜きで死人が出るとか。


 故、この手の品は相当なレア物らしい。

 神棚に祀る勢いで感謝され、対応に困った。






 兎にも角にもライブ開始。

 個室の外に設けられたバルコニー式の座席へ掛け、階下の一般席や立見客が鮨詰め状態な只中、ゆったり寛ぐ。


 で、肝心の歌はと言えば。


「考えてみりゃ、俺に流行りの音楽とか分かるワケねーんだよな」


 持ってる楽曲データは全て、映画の主題歌かエンディングソング。

 そんな人間が良し悪しの判断を下すには、些かばかり難解な代物だった。


 ただ、人気の程は窺える。


 何せ会場を見渡せば、大興奮と声援の嵐。

 まだ三曲目なのに失神して運ばれた客の数は、俺が把握した分だけで十七人。


 横の甘木くんも感動で咽び泣いてる。

 残念ながら共感は出来ないが、喜んでくれたなら幸いだ。






「あ。しまった、忘れてた」


 ライブも佳境、クライマックスに至りつつある頃合、ふと思い出す。


「贈っといてくれって頼まれたんだよな。花」


 ご存知、吉田のアホに。


 ……いや、しかし、どうしたもんか。

 あんな目に遭った以上、ライブが終われば即座、警察なりなんなりの世話となる筈。

 今更、楽屋に置かせたところで、彼女達の目に触れる機会があるとは考え難い。


「チッ……しゃーねぇ。今、渡すか」


 圧縮鞄に入れておいた花束を引っ張り出す。

 タイミング良く曲が終わると同時、手すりに足をかけ、跳んだ。


「豪血」


 予定着地点は、四方を観客席で囲まれ、柵で隔てられたステージの中央。

 興奮したファンによる乱入を抑えるためのガードマンが何人も居るけど、一瞬だけ『呪血』を使えば平和的に動きを封じ込められる。


 ――と。そこまで考えたところで、致命的な問題に気付いた。


「そもそも誰に渡せばいいんだよ」


 吉田の推しなんか知らねーぞ、俺。





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