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「例えばの話をしようか」


 己の圧縮鞄から取り出した飴玉を噛み砕き、ヒルダは大仰に両腕を広げた。


「もし僕が、そこらのテキトーなランカーに媚でも売って助力を取り付けたとしよう。そうして、このダンジョンを征したとしよう」


 なんでランカー云々のくだりが微妙に喧嘩腰なのか。

 そんな疑問は取り敢えず投げ捨て、頷いておく。


「世界中でも残すところ四十そこそこになった未踏破ダンジョンの攻略。さーて世間は大騒ぎだ、ほっとかない」


 だけれども、と差し挟むヒルダ。


「実力も名前も十二分に知れ渡ったランカーと、未だ道半ばの僕……大衆は果たして、どちらの働きが大きかったと受け取るだろうね?」


 …………。


 了解。ヒルダの言いたいことは分かった。

 要するにだ。カムサハムニダ。


「金と名声の取り分が減る、と」

「然り然り」


 だからこそキミ達が丁度良かった。

 崇めるかの如き口振りで、そんな言葉が続いた。


「双方共々、戦闘能力は既に一線級。加えて少人数でのダンジョン攻略にも慣れている」

「んで、てめぇが霞むほどの高名も持ってない」

「アハハハハッ」


 肯定の代わり、静かに響く笑い声。


「キミ達となら対等だ。キミ達であれば均等だ。ケーキを切り分けるみたいにね」

「ケーキ。もう十日くらい食べてないわね、イチゴショート」


 話の腰を折ってやるなよ。


「僕のレコードが破られた時は、もしかしてくらいの気持ちだった。SRCのネット中継でツキヒコを見た時は、それが形ある期待に変わった」


 ヒルダがコートを翻す。

 ゆるりと伸ばした指先が、俺の胸元に触れた。


「直接まみえて刃を交えて、確信を得たよ。この出会いは主からの贈り物、運命だって」


 礼賛を篭めてか、コートの鉄十字に口付けを落とすヒルダ。

 喜悦が抑えられないのか、その唇は深い笑みに歪んでいた。


「僕はね。凄く欲深な人間なんだ」


 知ってる。

 そういう類の火は、目の奥に灯るから分かる。


「金が欲しい、名誉が欲しい、地位が欲しい、美男が欲しい、美女が欲しい。EUトップの大富豪になって、ドイツの大統領になって、男女混合ハーレムを作るのが目下の夢なんだ」


 それは流石に知らなかった。壮大かつ俗な夢だ、とんと俺には理解出来ん。

 つか両刀バイかよコイツ。道理で時々リゼを見る目が怪しかったワケだ、グローバル。


「今回の攻略は、そのための大きな一歩さ。キミ達には是非とも尽力願いたい」


 深々と、慇懃に一礼。


「そして――ゆくゆくは僕が築くハーレムの一員になって欲しい。二人纏めて」

「嫌よ気色悪い」


 バッサリ斬って捨てた後、俺の後ろに隠れるリゼ。

 考える素振りくらい見せてやれよ。


 つっても、俺だってオコトワリだけど。

 ヒルダは確かに好みのタイプだが、モノにされるのはガラじゃない。


 第一、主だの運命だのと持ち出されてもピンとこねーし。


 俺は上位存在カミサマの存在を徹頭徹尾否定する無神論者ではない、つもりだ。

 しかし生憎、運命めいた必然を感じた相手なぞ、後にも先にも――


「――駄弁りも悪かねぇが、それより俺は下に降りたいね」


 無数の石段伸びる階下を眇めつつ、リゼを抱き寄せ、ヒルダを促す。


「六十階層フロアボス。早いとこ拝ませてくれよ」





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