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「ところでヒルデガルド。アンタ、ドイツに帰らなくていいの?」


 居間に敷いたヨガマットの上で逆立ちしつつ、問い掛けるリゼ。

 水を向けられたヒルダは食事の手を止め、すっかり扱いが上達した箸を置いた。


「むぐ……は、僕にも一枚噛んで欲しいと打診されてるからね」

「なんだ。お前も来るのか」

「うん。特に断る理由無いし、暇だし」


 暇なら仕方ねーよな。


郷里くにには、色々と終わって落ち着いたら帰るよ。ビザの方も、フラウ・ジャルクジャンヌが用立ててくれたし」

「フラウ?」

「ミズのドイツ語版だ」


 異なる時間流の内側で三年も過ごしたと謳う割、家族や恋人達が待つ故郷への里心は薄い模様。

 尤も、ドイツ人はシステマチックな面が強いと聞くし、案外こんなもんなのかも知れん。






「――学園祭?」


 食器を洗いながら、体内ナノマシンと繋いだスマホでハンズフリー通話。

 相手は、つむぎちゃん。月に何度か、こうやって遣り取りしてる。


「へえ、再来月に。そうだな、顔を出させて貰うよ」


 ナノマシンが耳小骨を震わせ紡ぐ、弾んだ声音。

 いやはや、本当に明るくなった。異形化系スキルアラクネを発現させたと聞いた時は些か肝を冷やしたけれど、結果的に丸く収まってくれたのはマジで僥倖。

 間接的にとは言え、俺の行動が原因だし。恩人の妹御をキズモノとか、冗談でも笑えん。


「ん……あー、悪い。明日以降、が入っててな。暫く連絡出来ないと思う」


 洗い物終了。少し遅れて通話を切る。


 ……諸々片付いたら、なる早で一報すると伝えたところ、とても嬉しそうに返された。

 計測機の数値が振り切れそうな愛嬌レベル。ウチの無愛想プリンセスにも見習って欲しい。


 まあ、万一リゼが快活に振る舞い始めたら、速攻で救急車呼ぶけど。

 わはは。


「ツキヒコ」

「あァ? どしたヒルダ」


 眉間に皺なんぞ寄せて。腹痛か?


「リゼから聞いたよ。その、流石に十三歳は、マズいと思うんだ」


 …………。

 暇潰しか何かでヒルダにテキトー吹き込みやがったな、あんにゃろう。

 ざけんなや、最悪の風評被害だ。俺はロリコンでもペドフィリアでもねぇ。


「ま、まさかフラウ・ハガネに執心してたのも……!?」


 叩きのめすぞ貴様。





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