414・Hildegard






「例え神と比されようが、臆面も無く己の最強を謳う。キミは、そういう手合いに見えるけどね」


 豪快な笑顔から一転、口籠るシンゲン。

 どこか困ったように泳ぐ視線を眇めつつ、くるりと身体を回し、石畳へ降り立つ。


「……あぁ。もしかして……」


 なんとはなし、浮かんだ可能性。


「戦って、敗けたことが、あったり?」



「俺様は敗けてねぇッッ!!」



 裂帛。


 凄まじい怒号だった。肌身に痺れが奔るほどの。

 思わず双剣を喚び出し、構えた私に非は無い。






「過度な詮索は、感心しかねるぞ」


 怒鳴り上げた後、ハッと我に返り、謝罪を並べたシンゲン。

 そしてアラームに急かされる形で会話を打ち切って数拍。バツ悪そうな当人に代わり、ジャッカルが口舌を継ぎ、私に言った。


「人には誰しも、誰であれ、踏み入られたくない領域というものがある」


 やらかした。いつものことだけど。

 でも配慮とか気遣いとか、そこら辺の細かくて煩雑な感性を、私に求められても困る。

 だって分かんないもん。


「ごめんなソーリー」


 なので取り敢えず、分からないなりに、頭だけ下げておく。

 郷に入れば郷に従え。ツキヒコから習った日本ヤーパン式の謝罪テクニック。

 ヴンダヴァー。完璧だ、惚れ惚れする名演技。銀熊賞狙えちゃうね。


「君、さては謝る気が無いだろ」


 どうしてバレたし。






「……シンゲンにとって、鳳慈との間にあった件は鬼門でな」


 一歩、私達から離れたシンゲンには聴こえぬようトーンを落とし、呟くジャッカル。


「あのマッスルモンスターは、能天気フィーバーの分際で、奴が死んで幾年と過ぎた今も尚、一丁前に悔いているのさ」

「悔い……?」


 良く言えば豪放磊落、悪く言えば大雑把。

 そんな印象を色濃く受けた人物には、些か似合わぬ語句。


「もし」


 怪訝な様相を覗かせた私に、少々の苦笑混じり、ジャッカルは続けた。


「もしも十年前、負かせていれば」


 溜息を吐くかの如き、遣る瀬無い声音。


「自分自身の手で、鳳慈に敗北を与えられていたのなら――」


 差し挟まれた幾許かの間。

 ちょうど、八十八回目のアラームが鳴り響く。


「――奴に、死を選ばせず済んだやも知れない、とな」


 意味深長な語り。

 しかし、その真意を尋ねる機は、甲高い電子音に掻き消されてしまう。


 …………。

 まあいいか。別に、なんでも。


 そう思考を振り切りつつ、私は横合いの2人とリズムを揃え、最後の鳥居を潜って抜けた。





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