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「月彦ー。スマホ鳴ってるー」


 ヨガマットの上で片手逆立ちしていたリゼに呼ばれ、居間へ赴く。

 卓袱台にて自己主張するスマホを取ると、日頃から雑に扱ってる所為で罅割れた画面には――『果心』の二文字。


 よし。逃げるか。


「半年ほど行方を眩ます」

「そ」


 空間投影や網膜投影が主流の現代では型遅れも大概な、画面表示タイプの薄型スマホを握り潰す。

 返す刀、押し入れに仕舞い込んだ札束を何本か圧縮鞄に詰め、準備完了。


「じゃあなリゼ。生活が落ち着いたら一報する」

「りょ」


 早足で向かったのは、棺を収めた部屋。

 隠れた扉を抉じ開け、床板を引き剥がす。


 緩く吹き抜ける生温い風。

 覗いた先には、問い合わせた不動産屋も知らなかった、部屋と同じく記録上は存在しない筈の枯れ井戸。


「いざ自由へのランナウェイ」


 中へ飛び込み、底まで降り、ぽっかりと空いた横穴を駆ける。

 金切り声と共に変なのが襲い掛かって来るも、払い除けたらトマトみたく潰れた。






 奇々怪々。如何な経緯で枯れ井戸こんなものが家の床下にあるのかは置いといて、ここを抜けると遠く離れた某県の山奥に出られるのだ。

 とどのつまり逃亡に打って付け。玄関からとか悠長が過ぎる。それで前は捕まったし。


「見えた」


 闇に差す薄明かり。出口だ。


 さて。この後どうするかな。

 取り敢えず適当な地方都市にでも身を隠し、ほとぼりが冷めるのを待つか。


 ――ところで果心アイツ、何の用で電話なんぞ寄越したんだ?


 まあ九分九厘、小言か恨み言か罵詈雑言か、或いはその全てを吐き散らかすためだと思うが。

 何せ心当たりが多過ぎる。叩く前から埃まみれ。汚職政治家に説教食らいかねんレベル。


 ならばこその即断即行。三十六計逃げるに如かず。


〔メッセージが届きました〕


 腕輪型端末が体内ナノマシンを介し、骨伝導で着信音を響かせる。

 空間投影ディスプレイを開けば、短く『来た』との一文。


「ハハッハァ。流石に早いな。しかし遅い」


 岩肌剥き出しの、濡れた壁面を蹴り上がる。

 変なのに足首を掴まれたが、構わず引き摺って登攀。


 地上までの数十メートルを軽快に跳ね、纏わりつく変なのを踏み散らしつつ着地――






「 つ か ま え た 」


 背中に柔らかな感触。五体を絡め取る冷たい金属。

 併せ。鑢のようにザラついた低い声が、耳元で震えた。





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