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穿たれた空間の穴、異なる座標同士を繋いだ境界を跨ぐ。
抜け出た先には、我が家の玄関口。
……と、四つん這いでマゼランチドリを握り、欠伸するリゼ。
「ふあぁぁ」
「なんてザマだ。お前にはファイトってもんが無いのか」
「んん……無いわね」
成程。なら仕方ない。
可をやらざるは怠慢なれど、不可を押し付けては酷というもの。
「疲れた」
放り捨てたナイフを亜空間ポケットに仕舞い、仰向けに寝転がるダウナーレディ。
常に掃除の行き届いた、埃ひとつ落ちていない廊下なればこそ許されるアンチマナー。
まあリゼの場合『消穢』があるから、例え泥の中に寝転がっても身綺麗なんだが。
「今日はヒルデガルドとごはん食べに行った後、ずーっと課題やってたの」
お陰で夏休みが始まるまでに、五単位くらい片付きそう。
褒めろと言わんばかり、そんな報告を述べたリゼだが、そもそもマトモな大学生は四年の夏休み前に単位を掻き集めたりしねぇ。
「お腹すいた」
自分で歩く気など毛頭無い、野性を失くした猫が如し旧家令嬢を居間まで運ぶと、早速晩飯の催促を受ける。
やりたい放題か貴様。土産に貰った菓子でも食っとけ。
「ヒルダは?」
「帰ったわよ。アイツ、ウチには寄り付きたがらないし」
そうか。そうだったな。
自身が世界屈指の危険生物にも拘らず、たかが心霊現象を怖れるとは。意味分からん。
しかも
仕草だけは丁寧に、箱入りの菓子を秒で貪り尽くしたリゼ。
間髪容れず飯を寄越せと騒ぎ始めたため、キッチンに立つ。
「いい加減、業務用に買い換えるか」
当家の直近に於ける平均的な食事量は、概ね力士五人分。ダンジョンでは更に増える。
俺は『双血』を使う度の過負荷で鍛え上がる肉体ゆえ、リゼは消耗の激しいスキルを使い続けたことによる体質変化ゆえ、兎にも角にも燃費が悪い。
一般家庭用の冷蔵庫じゃ最早、満載させても間に合わん。
なんなら空間圧縮機構を組み込んだタイプもあるにはあるけれど、メンテが面倒。
しかも全般的にデザイン性イマイチ。景観を損ねる。
「つーきーひーこー」
暫し考え込んでいると、リゼが幽体状態で壁をすり抜け、纏わりついてきた。
妖怪か、おのれは。
「五分待ってろ。取り敢えず炒飯でも拵えてやる」
「駄目。待てない」
じゃあ三分。
「ああ、そうだリゼ」
「うん?」
大皿に高さ三十センチで盛った炒飯が、瞬く間に六割ほど消えて行く。
それでいて所作は相変わらず綺麗なのだから、アンバランスで面白い。
まあ、そんなことは置いといて。
差し当たり、こいつに報告くらいはしておかねばなるまい。
「俺、大学出たら就職することになった」
「……………………救急車呼ぶ?」
失礼が過ぎる。
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