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 行きの便は昼前だったが、帰りの便は日暮れ時。

 沈み行く太陽を空高くで拝むってのも、中々に悪くない。


「ねえ、だからドクペ無いの? 大吟醸とかどーでもいいの、ドクペが飲みたいの。百歩譲ってルートビア」


 座席の肘掛けをぺしぺし叩き、またもキャビンアテンダント に無茶を要求するリゼ。

 お前ホントやめろ。困らせんな。






「フロム・ナリタ・クーコー。イン・トーキョー」


 ムカつく巻き舌で発音するな。

 せめてエアポートと言え。


「東京と言えば私、結構最近まで実在すると思ってたのよね。東京特許許可局」

「ねぇよ。お前なんなんだ、珍しく上機嫌か」

「ええ。数日前から顔見せだけでも帰って来いって煩い両親に対するストレスも気にならないわ」


 そいつは同情するが、寄りかかるな俺に。撮るな写真を。

 このアングルのツーショットなんてSNSに上げたら、また色々言われるぞネット弁慶。


「……さっさと行こうぜ。甲府行きのバス出ちまう」

「りょ」






 すっかり夜も深くなった頃合、空港を発車する高速バス。

 流れる街灯の軌跡を尻目に少し眠ろうと目を閉じれば――隣と言うか、膝元から着信音が。


「おいバスの中だぞ。切っとけスマホ」

「忘れてた。てか誰よ、こんな時間に。非常識ね」


 当然の如く人の膝を枕に寝入りかけていたリゼが不機嫌そうにスマホを取る。

 次いで怪訝な顔。


「どうした。親御さんからのラブコールか」

「全然知らない番号……もしもし、わたしー」


 非常識はどっちだ。知らん番号に開口一番そんなダラけた応対をするな。

 そういう態度が「近頃の若者は〜」みたいな風潮の助長を招くんだよ。


「……は? はぁ、はいはい、りょ」


 リゼは寝転がったまま電話口で二つ三つ受け答えすると、何故か俺にスマホを差し出した。


「あァ?」

「小比類巻って男の子から」

「……おー、甘木くんか。しかしなんでリゼのスマホに」

「貰ったメモ通りで間違い無いって。アンタ連絡先に私の番号教えたの?」


 暫し記憶を掘り返し、ポンと手を叩く。

 そうだそうだ、そうだった。


「退院の前祝いを渡しに行った時だな。スマホ壊れてたし、間に合わせで」

「今も壊れたままでしょ。いい加減、買い替えなさいよ」


 最近もう逆に買い替えなくてもいいかと思い始めてる。

 リゼとのやり取りは腕輪型端末のチャット機能で事足りるし、他に個人的な付き合いがあるのは吉田くらいだし。


 ともあれスマホを受け取り、電話に出る。


「よう甘木くん、どうした? 小遣いが足りねぇって相談なら、週末までに百万ほど振り込んで――」


 そんな冗談半分の挨拶は、けれど受話口越しの切迫した語勢と、により、最後まで続かなかった。






「――落ち着いて頭から話してくれ。つむぎちゃんが、どうしたって?」





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