560・Rize






「ぐ、ぅっ」


 苦悶と共に飛び退り、低い体勢で此方を窺う梅唯。


「流石、頑丈」


 でも酷い悪手。

 私から距離を取るなんて。


「『フタツキ流斬ナガレ』」


 腿のホルスターに収めたマゼランチドリを抜いて、既にチャージ済みの呪詛を『飛斬』に乗せて放つ。

 月彦にしか教えてないけど、実は手で掴んでなくても身体のどこかに触れてさえいれば『呪胎告知』の媒体に使えるのよね。


「──『縮焔相しゅくえんそう』」


 衝突。二秒ばかり拮抗。

 火を宿した手刀に弾かれる。


 上に逸れた斬撃を五つに引き裂き、五方向から同時に襲う。


「『凍陣相とうじんそう』」


 踏み締めた震脚を起点に張り巡る、無数の氷柱。

 何本かずつ砕いて、五太刀の呪詛が霧散する。


「『落雨相らくうそう』」


 逆巻く寒風。

 青空を翳らす鉛色の雲。


 程なく、激しい雨が降り始めた。


「『水狼相すいろうそう』」


 雫が蒐まり、狼を模る。

 七十七の徒党。各々、雨を受けて巨大化しながら、私を取り囲む。


「斬っテも無駄だ! 水は斬レない!」


 御高説どうも。

 けど残念。水は斬れるわ。


「『宙絶ヒトツキ』」


 空間諸共に断ち伏せ、切断面を呪詛で蝕む複合斬撃。

 属性エレメンタルを破壊され、単なる水へと戻る狼達。

 享年十秒。


「ッ……ナらば……『天嵐相てんらんそう』!」

「色々やるわね。大道芸の動画配信でも始めたら?」


 風の属性エレメンタルが吹き荒び、雨の勢いが増す。

 目を開けてられない風速と降水量。これ以上ズブ濡れになるのが嫌で『幽体化アストラル』を発動させた。


「お仲間が海に飛ばされてるけど、いいの?」

「部下でモない、況して同ジ国の者でもナい奴等の安否なド知っタことか!」


 まあ酷い。


「──あァ? 未開の島で全長百メートル以上の蛾を捕まえた? いや、お前それ新種ってかモス──」


 ちなみに月彦は、曲式で雨風を遮りながら電話中。

 リボンと鞭を合わせたみたいな剣で、雨はまだしも風を防げてるのが意味分かんない。


「『縮嵐相しゅくらんそう』!!」


 梅唯の双掌から火柱が立ち上る。

 燃え盛る豪炎は黒雲を貫き、絡め取り、巻き込んで行く。


 雨が止んだ。風も止まった。

 代わりに、その全てが、梅唯の手中に圧し固まった。


「ぐ……う……台風ひとツを……この中に、封ジ込め、タ」


 制御に難儀してるのか、眉間に皺を寄せた苦しげな顔色。


「成程。結構なエネルギー量ね」


 大体『破界』の四割くらい。

 山ひとつ崩せる程度の破壊力はありそう。


「……最後ノ機会を、くれてやル。中華のたメ働く気は、アるか?」


 お生憎様。


「あるワケないでしょ」

「なラば死ね。貴様のチカラ、野放シとすルには度が過ギている」


 解き放たれる乱気流と雷の渦。

 分厚い甲板を砂地同然に削りながら、私へと押し寄せ──亜空間に隠れた身体を、すり抜けた。


「締まらなくて、ごめんなさいね。効かないの」





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