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目的地の病院手前でバスを降りる。
正面入り口から待合室に入ると、甘木くんが俺達を待っていた。
「よう」
「藤堂さん! ……そ……それに、榊原さんも」
「ん」
ごく一般的な俺への対応とは一変、ぎこちない様子でリゼに会釈する甘木くん。
多感な男子高校生に、元々の素材とスキル構成も相俟って外見だけは上等な女子大生との円滑なコミュニケーションは難易度が高い模様。
しかも通ってるの男子校らしいし。
甘木くんの案内を受け、つむぎちゃんの病室に向かう。
以前とは別の棟。
極めて特殊な事情を抱えた患者が、入院の際に利用するとかいう病棟。
「これまた金を食いそうな設備だな。入り用なら言ってくれよ? 一週間で都合つける」
「あ、いえ、その辺は全然大丈夫なんです。費用は全額病院持ちで……つむぎの手術代まで丸ごと戻って来ましたし」
「随分と気前の良い話ね」
単なる慰謝料ないし口止め料だろ。俺が過去を差し替えなけりゃ、つむぎちゃんは死んでたワケだし。しかも成功率九十八パーセントの手術で。
妥当も妥当。なんなら足りないくらいだ。
フロアの一角を大きく切り取って設けられた病室。
その扉の前に小比類巻御夫妻が屯していたので、挨拶ついで二つ三つ言葉を交わす。
……しかし……やはり家族相手でも、まだ長いこと顔を合わせるのは辛いか。
折角、術後の経過も極めて順調だったと言うのに。退院まで遅れて、とんだファンブルに見舞われてしまったもんだ。
「尤も……幾らかは俺の所為か」
上手く差し替え過ぎた。
ガラにも無く、自責の念なんてものを覚えてる。
「それじゃあ、今日は責任持って娘さんを預かりますんで」
そう告げた俺――自分の半分ほどしか生きていない若造相手に、深々と頭を下げる小比類巻氏と御夫人。
ひたすら娘を案じていることが、ありありと伝わる所作。
勘当食らう前から両親とは不仲だった俺にとって、殆ど未知の感情。
厳格な教育と過干渉に苛まれ続け、家族を疎んでいるリゼも何か思うところがあったのか、眉間に皺など寄せていた。
病室の扉を、三度ノックする。
「つむぎちゃん、俺だ。迎えに来た」
暫し間が空いた後、無機質に開く半自動ドア。
中に踏み入ると同時、カーテンを閉め切った薄暗さに、一瞬だけ視界を失くす。
「……こ……こんにちわ、藤堂さん……」
おずおず、なんて表現がピタリと当て嵌まる、控え目な声音。
広い部屋の奥隅に歪な人影を見付け、歩み寄るべく前に出ると――室内に張り巡らされていた糸が十本以上、身体に絡んだ。
「あ、あ……ごめん、なさい……さっきまで練習してたから……」
粘着質な糸を払ううち、暗闇に目が慣れる。
「へえ」
長い入院生活で腰元まで伸びていた黒髪は、無垢な生糸の如く真っ白に。
伏し目がちな褐色の瞳は、澄んだ青に。
取り分け大きな変化は、実年齢の十三歳から二十歳頃にまで一足飛びの成長を遂げた容姿。
そして。シーツを被せて覆い隠した、あまりにも大きな下半身。
出来るだけ縮こまろうと八本脚を畳んだ、本来なら頭があるべき位置に人間の上半身を乗せた、蜘蛛の身体。
「だいぶ綺麗に、人の姿を取れるようになったじゃないか」
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