211
具足に纏わり付く泥が鬱陶しい。
アレだわ。軍艦島の干潟エリアを思い出す。
あの時に履いてたのはブーツだったけど。
「……ぶ、べっ……最悪だ、口の中に跳ねた」
「舐め取ってあげましょうか?」
鮮やかに赤い、顎に届くほど長い舌を晒しながらリゼが言う。
えっろ。女は尻派の俺だが、舌ってのも悪くない。
「遠慮しとく。人前でやることじゃねぇだろ」
「そ」
ペットボトルの水で濯ぎ、首元のパーツを撫でてギミック作動、マスクを閉じる。
あー気持ち悪。こういう戦闘以外の面で煩わしいエリア、マジかったるい。
「月彦。顔にも泥」
およそ武器を握るには不似合いな、無遠慮に掴めば折れてしまいそうな指先が目尻に触れる。
泥を払うついで、乱れた髪まで手櫛で整え始めるリゼ。
……適当に見えて、実際に適当なようで、意外と甲斐甲斐しいとこあるんだよなコイツ。
「痩せても枯れても良家のお嬢様、か」
「何よ藪から棒に」
訝しげな眼差しが俺を見上ぐ。
まあ、なんだ。
「お前と結婚する男は幸運だって話」
褒め言葉のつもりだったのに脛を蹴られた。
解せぬ。
「ホント仲良いよね、君達って」
リゼの脚が届かない距離まで逃げた後、拾った小石を弾き、木陰に潜んでいたクリーチャーの頭蓋を抉り飛ばす。
落ちて来た魔石を掌で受け止めると、おもむろにヒルダがそんな台詞を向けてきた。
「蹴る側と蹴られる側に対しての台詞か、それ」
「じゃあ、仲良しじゃないのかな?」
愚問。
「俺もコイツも、反りの合わん奴と半年以上二人っきりでパーティ組めるほど我慢強くねぇよ」
迫り出した木の根や岩の上など、なるべく泥濘を避けながら歩き、進み、踏破する。
不幸中の幸いと言うべきか。そこそこ広い面積の割に階段同士が近い階層ばかりだったため、あまり余計な時間を食わず十階層まで辿り着けた。
――そして、沼地の底で待ち受けていたフロアボス。
重く粘ついた泥で満ちた槽を、水の如く泳ぎ回る大蛇。
いや、面相は凶悪だし爪の生えた腕もある。やたら胴長なワニかも知れない。
どっちでもいいが、どっちにしろ、この先を跋扈する十番台階層クリーチャー達の大半を凌ぐ要害。
ダンジョンの活性化により、本来の能力を余さず備えた精強な番兵。
「ハハッハァ」
成程強い、確かに強い。
甲府迷宮のベヒ☆モスや軍艦島のムツゴロウさんなど、今まで相手取った十階層フロアボスを明らかに上回る。
まさかまさか、よもやよもや。
「スキル無しで倒すのに、十三秒もかかるとはな」
首を落とすため使った樹鉄刀を肩に担ぐ。
さらさらと、灰とも塵ともつかぬ何かへと崩れて行く、丸太のような胴体。
程よく食い出のある、良い前菜だった。
「ハハハハハッ! 最高だな、未踏破ダンジョンってのは!」
「胸まで沼に浸かって、よく高笑いしてられるわね」
おお、沈む沈む。この沼もしや底無しではなかろうか。
うっかり嵌まって、さあ大変。ウケる。
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