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 具足に纏わり付く泥が鬱陶しい。

 アレだわ。軍艦島の干潟エリアを思い出す。

 あの時に履いてたのはブーツだったけど。


「……ぶ、べっ……最悪だ、口の中に跳ねた」

「舐め取ってあげましょうか?」


 鮮やかに赤い、顎に届くほど長い舌を晒しながらリゼが言う。

 えっろ。女は尻派の俺だが、舌ってのも悪くない。


「遠慮しとく。人前でやることじゃねぇだろ」

「そ」


 ペットボトルの水で濯ぎ、首元のパーツを撫でてギミック作動、マスクを閉じる。

 あー気持ち悪。こういう戦闘以外の面で煩わしいエリア、マジかったるい。


「月彦。顔にも泥」


 およそ武器を握るには不似合いな、無遠慮に掴めば折れてしまいそうな指先が目尻に触れる。


 泥を払うついで、乱れた髪まで手櫛で整え始めるリゼ。

 ……適当に見えて、実際に適当なようで、意外と甲斐甲斐しいとこあるんだよなコイツ。


「痩せても枯れても良家のお嬢様、か」

「何よ藪から棒に」


 訝しげな眼差しが俺を見上ぐ。

 まあ、なんだ。


「お前と結婚する男は幸運だって話」


 褒め言葉のつもりだったのに脛を蹴られた。

 解せぬ。


「ホント仲良いよね、君達って」


 リゼの脚が届かない距離まで逃げた後、拾った小石を弾き、木陰に潜んでいたクリーチャーの頭蓋を抉り飛ばす。

 落ちて来た魔石を掌で受け止めると、おもむろにヒルダがそんな台詞を向けてきた。


「蹴る側と蹴られる側に対しての台詞か、それ」

「じゃあ、仲良しじゃないのかな?」


 愚問。


「俺もコイツも、反りの合わん奴と半年以上二人っきりでパーティ組めるほど我慢強くねぇよ」






 迫り出した木の根や岩の上など、なるべく泥濘を避けながら歩き、進み、踏破する。


 不幸中の幸いと言うべきか。そこそこ広い面積の割に階段同士が近い階層ばかりだったため、あまり余計な時間を食わず十階層まで辿り着けた。


 ――そして、沼地の底で待ち受けていたフロアボス。


 重く粘ついた泥で満ちた槽を、水の如く泳ぎ回る大蛇。

 いや、面相は凶悪だし爪の生えた腕もある。やたら胴長なワニかも知れない。


 どっちでもいいが、どっちにしろ、この先を跋扈する十番台階層クリーチャー達の大半を凌ぐ要害。

 ダンジョンの活性化により、本来の能力を余さず備えた精強な番兵。


「ハハッハァ」


 成程強い、確かに強い。

 甲府迷宮のベヒ☆モスや軍艦島のムツゴロウさんなど、今まで相手取った十階層フロアボスを明らかに上回る。


 まさかまさか、よもやよもや。


「スキル無しで倒すのに、十三秒もかかるとはな」


 首を落とすため使った樹鉄刀を肩に担ぐ。

 さらさらと、灰とも塵ともつかぬ何かへと崩れて行く、丸太のような胴体。


 程よく食い出のある、良い前菜だった。


「ハハハハハッ! 最高だな、未踏破ダンジョンってのは!」

「胸まで沼に浸かって、よく高笑いしてられるわね」


 おお、沈む沈む。この沼もしや底無しではなかろうか。

 うっかり嵌まって、さあ大変。ウケる。





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