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「んー、二日ぶりのシャバ。ちと物足りねぇが、致し方無しか」

「夏休み前で試験近いものね」


 シャボン玉の膜に似た境界を通り、探索者支援協会甲府支部の別館へ。

 あらゆる不浄が『消穢』で滅されるリゼと違い、あちこち汚れた服を叩いて払い、大きく伸びをした。


「ま、リャンメンウルフに無事リベンジを果たせて有終の美を飾れた。良しとしよう」

「石ぶん投げて怯んだ隙に杖を壊して、あとは互いに素手で殴り合ってたわね……」


 いっそ初戦も、ああすりゃ良かった。

 手の内を見たくて後手に回った所為で徹底した間合い調整を受け、とんだ泥仕合よ。






「さて。まず洗濯と風呂だな」

「ここの支部、温泉施設を併設してるところが最高なのよね」


 同感。しかも探索者シーカーならタダで使えるもんだから、徒歩数分で来れる俺なんて毎日入りに来てるわ。

 アパートの風呂は小さい上、湯張りも面倒だしな。排水や掃除まで全自動が当たり前の御時世に、死ぬほど旧式の手動タイプだぞ。信じられん。


「つかお前、風呂入る必要あんのか? 汚れねーだろ」

「あるに決まってるでしょ。女の子だもの」


 左様で。






 汗を流し、無自覚な疲労が多少なり積まれていた身体を休ませ、ひと心地。

 瞬間乾燥機にかけた装備を仕舞い、着替えてリゼと合流した後、受付で帰還報告やら諸々の情報提供やらを行う。

 どうでもいいがリゼの奴、汚れないくせに何故俺より風呂が長いんだ。


「二十一階層にイライザが……大変貴重な情報、感謝致します」

「女性型クリーチャーの出現率と古城エリアの広さを考えると、そうそう出くわす奴は居ないと思うけど。一応注意喚起はしといて」

「はい、必ず」


 協会は役所仕事なだけに、こういう連絡事項などの事務的な面ではすこぶる信用が置ける。

 一両日中には甲府迷宮二十番台階層への進出記録がある探索者シーカーの腕輪型端末に、直接の通達が出されるだろう。


 尤も通達されたところで、明確な対処法など無いが。

 やれることは精々、対症療法的に女性探索者シーカーを同行させるくらいだな。


「あの。ところで、藤堂様の単独討伐目録にリャンメンウルフやリビングアーマーなどの記載があるのですが……」

「え? あーはい、倒しましたけど」


 役所の人間は基本的に感情を表に出さないタイプが揃う。

 なので受付さんの驚愕を飲み込んだ表情というのは、下手なドロップ品よりもレアじゃなかろうか。


「このトータル滞在時間で二十番台階層のクリーチャーを……? そうで、すか……おめでとうございます。二十階層フロアボスの単独討伐に於ける国内最速記録を更新しています。後日、記念メダルの贈呈が行われます」

「へー。世界記録の方は?」

「其方は……ドイツのヒルデガルド・アインホルン女史の記録に三時間十三分十七秒遅れですね。アジア記録は更新となります」


 知らん。いや、どっかで聞いたことある名前だな。

 ……ああ、十階層フロアボスの最速討伐記録保持者と同一人物か。


「アンタ寄り道とかしなかったら普通に更新してたんじゃない?」

「つってもダンジョンの広さなんざ相当バラけてるだろ。あんまり意味のある記録とは思えんが」


 関心の薄い俺に何を思ったのか、受付さんが苦笑した。

 本日の希少場面、その二。






「あ、そうだ。これ、習得スキルの申請書です」

「はい、お預かりしま……………………え……?」





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