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 ダンジョンの階層と階層を繋ぐ階段部。

 その出入り口に少しだけ似た、空間の境目を跨ぐ。


「お帰り月彦。頼んでた店のケーキ……なんか、わらわら入って来た」


 抜けた先は、横浜から百キロ以上離れた自宅の玄関。

 呪詛の残滓散らすマゼランチドリ片手、ほこほこ湯気を漂わせたリゼに出迎えられる。


「風呂上がりだからって下着のまま歩き回るな」

「暑いのよ」


 ならせめて何か羽織れと妥協案を提示するも、あからさまな反抗的態度。

 が、更に「客の前だ」と畳み掛ければ、不承不承なれども踵を返す。


 勝った。ただし引き換えに今晩のマッサージを仰せつかった。

 錬金術は等価交換。






「適当に座れ」


 手入れの行き届いた居間にて、鏡の如く磨き上げられた卓袱台を囲む。

 尚、俺もリゼも、この家の掃除など一度もしたこと無かったりする。


「飲み物は」

「モカ・マタリを浅煎りで頼む。お茶請けには甘いスフレが欲しい」

「僕はシュヴァルツビール。炙ったヴルストも」

「……麦茶でよか」


 図々しさ大爆発な二人は無視。

 氷入りのグラス三つに玄米茶を注ぎ、並べた。


「麦茶ですらないよツキヒコ」

「どっちも材料は穀物だろ」


 そもそも、もてなすために家まで連れて来たワケじゃねぇ。

 不満なら自分の血肉でも貪ってろ。






「ほら着替えてあげたわよ。満足?」

「何故、俺が我儘を押し付けたみたいな雰囲気になってんだ」


 臍あたりまでジッパーを下ろした膝丈パーカー姿で、気だるそうに隣へ腰掛けるダウナー系お嬢様。

 溜息混じり、頼まれたケーキ類の詰まった箱を差し出すと、もそもそ食べ始めた。


「ありがと」

「おう」


 俺を背もたれ代わりに寛ぐ緩んだ姿。

 嗜める気が失せて困る。


「ところで月彦。そいつら何?」


 薄くクリームの残ったフォークで、リゼが対面の三人を指す。


「ヒルデガルドは兎も角、他は会うのも初め――あら?」


 言葉の途中、赤い眼差しが瞬く。

 その視線が向かう先は、初対面と断じた二人の片割れ。


 色どころか瞳の形さえ異なる、極めて特異なオッドアイにばかり注意を引っ張られ、気付かなかったのだろう。

 が無いだけで著しく印象が変わる容姿というのも珍しい。


「……もしかして、博多の女?」

「誰が博多ん女ばい」


 ちなみに眼帯は現在、俺が借用中だ。

 右の眼窩に四発ばかり鉛玉が詰まってて、ちょいと人目に晒すの憚られる状態なんでな。





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