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「がぐっ、ごぉ、ごぼっ」
口に残った俺の舌を大量の血と共に吐き捨て、おぼつかぬ足取りで退くヒルダ。
それに伴い、揺らぐセカイ。
歪み、罅割れ、砕け散り――気付けば俺達は最初の高層ビル屋上で向かい合っていた。
「戻ったな。
コンクリートに転がる舌先をアラクネの粘糸で手繰り寄せ、繋ぎ合わす。
空気が美味い。
「いだい、いだい、いだいぃ……」
一方のヒルダは、苦悶の表情を浮かばせながらも手中に小さなフラスコを具現化。
そのまま半泣きで、中身を傷口に直接注ぎ込む。
途端、ボコボコと新鮮な肉が盛り上がり、塞がって行く喉の穴。
一本八桁万円、薬材が希少で常に品薄、有効期限は製薬から五十日前後。
以上の理由につき常備は困難な代物だが、自前で用立ててしまうとは恐れ入る。
「……レディの首を躊躇ゼロでパクりんちょとか、マ?」
唐突に誤訳の酷さが天元突破。
癒えたばかりの声帯と翻訳機が馴染んでないっぽい。
「文句あんなら書類に必要事項を記入して七番窓口に提出しな。気が向いたら再来週くらいに見てやっから」
「まさか。寧ろシビレたよ。こんなドキドキしたのは、キチダが右腕の包帯を解いて真の力を目覚めさせた時以来だ」
人のボケをスルーすんなし。宇宙条約違反だぞ。
つか真の力て。何それ、すげー気になる。
「『もう後戻りは出来んぞ、巻き方を忘れちまったからな』……最高にクールな台詞だった」
古の名作を丸パクリじゃねーか。
佇まいを整えたヒルダが足元に落ちた得物を拾い上げ、幾度か振るう。
あの重そうな石剣二本を『
握力百五十キロとか言ってたし。
「ほとほと理解させられた。キミ相手に小細工を企てても無用な隙を晒すだけだってね」
黒鎧に見覚えのある甲殻が混ざる。
次いで背中を突き破る、脊柱を禍々しくリデザインしたような激毒滴る七尾。
やっと出しやがったな『ギルタブリル』。
「今度は正攻法で行くことに決めたよ。力と技と速さと優雅さと華麗さと心強さと固ゆで卵の差を、キミに知らしめてあげよう」
「正攻法は大歓迎だが、知らしめる項目の整理くらいしやがれ。後半いらねーもんばっかだ」
ラストに至っては意味不明。
「簡単だよ。ゆで卵は固い方が美味しいってことさ」
「生憎、俺は半熟派でな」
確か『ギルタブリル』の甲殻は下肢だけを覆う筈だったが、此度の発動は全身に及んでる。
スキルの変質か、或いは先に纏っていた鎧の方の効果か。
どちらにせよ『
素晴らしい死闘が予想される。超いいね、最高。
「ハハッハァ」
大鎌を逆手に持ち替え、四つ足に構える。
ヒルダも爪先を浮き上がらせ、迎撃体勢。
「豪血――『深度――」
踏み込み、進み、衝突。する筈だった。
その、間際。
「ここだ。往ってくれ硝子」
知らない声が、知覚の片隅から、微かに鼓膜を震わして。
「静止せよ。猛り狂いし、煉獄の獣達」
俺とヒルダ。双方の眼球一ミリ手前。
視界半分、ライフリングで埋まる至近距離にて。銃口を突きつけられた。
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