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咄嗟に『鉄血』で肉体硬化を図ったのは、我ながら英断だった。
急激過ぎる減圧。危うく内臓と血管が弾けちまうとこだ。アラクネの粘糸で強引に塞げるけども。
「キミが好きな映画なんかだと、宇宙空間に生身で放り出されたら、一瞬で全身が凍ったり粉々に破裂したりするよね」
んなもんはシーンを盛り上げるための誇張表現。映画イコールあくまでフィクション。
現実とは違う。そこが面白い。
……ただ、人体が真空状態に長々と耐えられる構造でないことは確かだ。
現に呼吸を封じられた。眼球や舌先の水分も沸騰し始めた。ついでに重さを失くした身体は風船みたく浮き上がってロクすっぽ動けねぇ。
取り分け深刻な問題は、減圧の影響で血中に混ざり込んだ気泡。
もし『鉄血』が体内にも及ぶ性質でなければ、既に致命的なダメージを受けていた筈。
つまり、この環境が続く限り迂闊に『鉄血』の解除すら出来ん。
運悪く脳卒中なぞ起こそうものなら、いくら俺でも意識を保てるか自信が無い。
「どうせだし、宇宙線とスペースデブリの再現もしようか? それなりに習熟訓練を重ねたから、大抵の事象は創れるよ」
あ、待った待った。案外イケる気がしてきた。
よし試すか。死んだらドンマイって感じで頼むわセンセー。
「
何故かヒルダの声だけ矢鱈に響く無音のセカイで唇を動かし、静脈を這う青から動脈を沿う赤にシフト。
ぶっちゃけ思考するだけでも各種『双血』のオンオフ及び深化は可能だが、俺やリゼは基本的に技名とかを叫びたい系の人種なのだ。
尚『ウルドの愛人』を使う時に指を鳴らすのも、同じくカッコ付けである。
閑話休題。
攻防の切替で著しく強度が落ちた五臓六腑が異常を訴えるより先、全力で息を吹いた。
一拍遅れて身体中から何か切れたり潰れたりする感触が伝わるも、些事ゆえ捨て置く。
「え」
空気も重力も皆無なら、吐息すら推力と化す。
俺を行動不能に抑え込んだと油断していたらしいヒルダの懐に一直線、詰め寄った。
「ちょ、馬鹿ツキヒコ、キミ『鉄血』を解くなんて何考え――」
慌てた様子で早口に喚くヒルダ。
迂闊な女め。隙だらけなんだよ。
「――が、ぇ」
喉笛を食い破る。
傷口に舌を突っ込み、気道を抉じ開け、無理矢理に空気を吸い出す。
概ね一呼吸分、頂いた頃合。滅茶苦茶な怪力で引き剥がされた。
「ごぼっ、ごぇっ……やっでぐれだ、ね」
声帯に穴空いてんのに、よく喋れるな。
「ぞんなに、欲じい、なら、たっぶり、あげる、よ」
歯と歯が突き合う勢いで、血だらけの唇を重ねられる。
キス下手か、なんて冗談も束の間。
舌を、噛み千切られた。
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