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 広い病室にカーテンの如く垂れ下がった、透けるような薄布。

 触れてみれば柔らかく滑らかで、しかし同時に銃弾も貫通とおさぬほど頑丈。

 紡いだ糸を自ら織って作ったらしいが……前に貰ったマフラーといい見事な出来栄え。


「もう、すっかり自分のものにしてるみたいだな」

「はい」


 スキルを僅かに発動させているのか、二十歳頃に成長した姿で微笑むつむぎちゃん。

 最近は此方の姿ばかり目にしている気がする。

 リゼ曰く「化粧と同じ」だそうだ。意味分からん。


「何か困りごとは無いか?」


 そう尋ねたところ、つむぎちゃんは喜怒哀楽の分かり難い曖昧な表情で、口を開いた。


「時々」


 胸の前で合わせた両手。

 ゆっくり広げると、その間に織られた多角形の幾何学模様。


「無性に、蜘蛛の巣が張りたくなります」


 うっかり触れてしまい、剥がすのに苦労した。






「鉄血」


 つむぎちゃんの様子を見に上京したついで、誘惑に負ける形で訪れた品川大聖堂。

 テスト期間前の軽い気分転換のつもりだったのだけれど、気付けば二日が経ち、俺は最深部の四十階層に立っていた。


「豪血」


 品川大聖堂のダンジョンボスの名は『聖堂騎士団』。

 煌びやかな鎧を纏った――と言うか、煌びやかな鎧のクリーチャー。


「ハハッハァ!」


 騎士団と称される通り、首魁に相当する個体が配下を従えている点が最たる特徴。

 数は無尽蔵。一体一体の戦闘能力も、甲府迷宮古城エリアのリビングアーマーとは比較にならない強さ。


 ――尚、今回リゼは居ない。今頃半泣きで机に向かってる筈。

 あんまり可能性が小さ過ぎると『ウルドの愛人』でも見えなかったりするからな。最低限の備えはして貰わないと困る。


「くたばり晒せやァッ!」


 一体を袈裟懸けに斬り、返す刀で更に一体。

 大理石の床に突き立てた樹鉄刀を軸に身体を回し、二体三体と蹴り飛ばす。


 籠手と具足のお陰で『豪血』発動中にも十分な格闘戦が出来るようになった。

 攻撃手段が増えれば手数も増える。手数が増えれば立ち回りも変わる。

 今の装備なら、嘗て苦戦した八尺様とも全く別の戦い方が適うだろう。


 ……つまり、あの興奮を奴相手に味わうことは、もう出来ないのか。

 残念だ。やっぱり高難度ダンジョン行きてぇ。


「呪血」


 樹鉄刀の届く範囲内に鎧達が居なくなった瞬間を見計らい、動脈に黒光を奔らせる。


 俺を強く認識するほど深く浸透する呪詛。

 乱戦を経て、既に意識は十二分に集まってる。


 捻れ、曲がり、折れ、拉げ――空っぽの白銀鎧が織り成す空虚な騎士団は、一層派手に己を飾り立てた首魁のみを残し、潰滅した。


 意思無きものは壊せず、内包するエネルギーの強い奴ほど効き辛い。

 雑魚の掃討では役立つが、やはりボスキャラ相手だと『呪血』は不向きだな。


 とは言え、発動中に動きを封じるくらいは出来るか。

 リゼと一緒の時は、また違う運用が望めそうだ。


「ぅるる……豪、血」


 黒から再び赤。不可視の鎖に縛られたような拘束感が抜けると同時、踏み込む。

 先手を譲るのは一度のみ。新たな配下を喚ぶ隙は、もう与えない。


 ひと息に七太刀の剣戟、五発の拳打蹴撃を見舞う。

 全て捌かれた。流石ダンジョンボス、配下の三倍は強い。


 が、惜しむらくは空っぽゆえの軽さ。

 最後の蹴りで僅かに体勢が崩れた。四半秒、何も出来まい。


 終いだ。


「――『深度・弐』――」


 一瞬のみの深化。跳ね上がる身体能力、相対的にスローと化す世界。

 二十八回、あらゆる角度から斬り伏せる。


 用済みとなった鎧の頭目に背を向け『豪血』を解く。

 ガラガラと床に散らばり、光となって消え去る無数の金属片。

 それ等を寸断した樹鉄刀を眼前に掲げれば、啜り込んだエネルギーにより密度を増し、仄かに蠢く剣身。


「刃毀れは……ねぇな」


 よっしゃ。でも調子に乗って斬り過ぎた。

 多分、一撃で良かったわ。





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