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「ええ。使ってないわ」


 思いの外あっさりと頷くハガネ。

 少し面食らう。


「そもそももの。スキルも、スロットも」


 …………。


「あァ?」






 頭の整理に些か時間を要した。

 改めて、ハガネの言葉を嚥下する。


「冗談……じゃなさそうだな。この期に及んで、つまらんジョークを飛ばす意味も、面白味も無い」

「わたしは世界で一番、正直者」


 そんな二の句の信憑性は兎も角、少なくともハガネ自身が己を非スロット持ちと断じていることは確実だった。


 だが、はいそうですかと馬鹿面で返すには、俺の中の常識から乖離し過ぎている。


「だったら何故、此処に居る」


 ダンジョンゲートの通過が能うのは、二千人に一人のスロット持ちだけ。

 俺は義務教育でそう習ったし、なんなら実際に試したりもした。


 散々な足掻きの果てに、人生最初の挫折と絶望を味わったのだ。


 別段、拘る気は無い。

 けれど、もしあの日々が無意味な歯噛みだったならば……アレだ。話のタネになるオチが欲しい。


「……昔、ジャッカルが垂れ流してた説明の受け売りで良ければ」


 十二分。






「曰く。ダンジョンゲートを越える条件は、三種類存在するとか」


 帯に刀を佩き、而してハガネは語り始める。


「一。魂にスロットを宿すこと」


 言わずもがな。

 後天的な獲得手段も存在するとは言え、九分九厘が先天的素養で篩い分けされてしまう。

 中々に酷。あゝ無情。


 ……ちなみに、その後天的手段であるところのスロット移植を受ける際は、施術希望者に対し、厳密な事前調査が行われる。

 反社会的な組織に属していないかとか、支払いに用いられる金銭の出所とか。


 俺が宝くじに当たるまで手も足も出せなかったのは、つまり、そういう理由。

 なんでもアリなら一億二億の金くらい、用立てる方法は幾つもあった。

 本当に、ふざけた話だ。


 閑話休題。


「二。身体組成の九十八パーセント以上が、ダンジョン由来の物質であること」


 これはシン……そう、シンギュラリティ・ガールズに当て嵌まる条件。

 尤も長姉のu-aに限っては、少々特異な方法で、スロットも持ち合わせているが。


 そして何気に、この情報は一種のブレイクスルーと言える。


 何せ上手く彼女らを量産すれば、ダンジョン攻略の尖兵と成り得る寸法。

 人手不足な探索者シーカー業界にとって、有難い話だろう。


「ま、ナントカ博士が首を縦に振るとは思えんが」


 現代医療を駆使すれば、脳以外の全てを人造物に置き換えることも可能。

 技術以外の様々な問題が絡んでる所為で、現実的には難しい部位も多いと聞くけれど。


「マジで鬱陶しいな法律。失くせよ全部」

「それは本当にそう」


 全身義体化。胸躍るフレーズだ。

 そっち系で行くのも悪くない、実に悪くない選択だったな。


 ──が。ハガネが義体なのかと問われたならば、恐らく違うと答えよう。

 俺の識覚で推し量る限り、奴の五体は余さず生身だ。


「三」


 即ち。最後の条件こそが、ハガネをダンジョンに招き入れた道理。


を、持っていること」





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