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俺と同様、基礎代謝の時点で万単位のカロリーが必要なうえ、空間転移により腹ペコ状態が加速したリゼとの食事に寿司を選んだのは失敗だったかも知れん。
「おかわり。全然足りないわ」
「同じく。いっそ櫃ごと持って来てくれないもんか」
味云々以前の話、一貫一貫が小さ過ぎる。
海鮮丼にすれば良かったか。
「この店は海鮮丼も扱っています」
気配りの神かよ。
「えー。お会計、だいたい二百万円です」
大体て。およそ会計で聞くフレーズじゃないな。
ちょっと笑える。気に入った。
「シャリもネタも店にあった分、二人だけで全部食っちまったぞ……」
「男の方は兎も角、あんな細い身体のどこにあの量が……」
腕輪型端末をターミナルに当て、一括払いで決済。
登録手続きが面倒ゆえ、ほったらかしてたキャッシュレス機能。いざ使ってみれば便利なもんだ。
リゼには感謝せねばなるまい。
「シメが欲しいな。店変えるか」
「じゃあデザートビュッフェ」
俺はラーメンの気分なんだが……まあいいか。
「つーワケだ。話とやらは次の河岸でも構わねぇか?」
踵を返し、問い掛ける。
ピンと背筋を伸ばした立ち姿の、キャスケットとサングラスで風貌を隠したu-aに。
「ここで首を横に振れば、私の用件を優先して頂けるのですか?」
「いや」
聞いてみただけだ。
女子受け狙いが見え見えな内装の店構え、漂う甘ったるい香り。
その一角。本来ならば六人掛けのテーブルに所狭しと並ぶ二十枚近い皿。
全て、色取り取りなスイーツで埋め尽くされている。
「まあまあの品揃えね」
素早く、しかし流麗な所作でフォークを駆使し、ケーキだのタルトだのエクレアだのシュークリームだの次々パクつくリゼ。
見てるこっちが胸焼け起こしそうだ。
「お前は食わないのか? もののついでだ、奢るぜ」
「結構ですシャクトリムシ」
相変わらず辛辣な態度。
せめて毒を吐く理由くらい教えて欲しい。
「さてはu-aちゃんってば、逆に俺のこと好きだろ」
「ッッ……………………ばかぁっ!!」
裂帛。店中の客が振り返る勢いで怒鳴られた。
ほんの冗談だったのに。
「月彦アンタ、今のは流石に酷いわよ」
俺が悪いのか、これ。
「帰ります」
一段声を低くし、席を立つu-a。
どうも琴線に触れることを言ってしまったらしい。
ひとつ詫びを入れておくべきか。
しかし原因も分からんのに頭だけ下げるとか、それこそナメてるよな常考。
「用向きとやらの方は、いいのか?」
「既に済みました」
言葉尻を捕らえる形で、スマホがメッセージの着信を報せる。
先刻同様、地図アプリに対応した座標データと、時間。
「……急に大声を出したことは、謝ります」
背中越しの、微かな震え声。
しかし、と口舌が続く。
「彼女と向き合う時は、もう少し考えてから発言を」
カツカツと尖った靴音を鳴らし、足早に歩き去るu-a。
それを尻目としたリゼが、ナプキンで口元を拭いつつ肩をすくめていた。
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