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「うーわ」


 いざ函館、いざ駄菓子屋、いざ奇剣工房。

 即日でアポを取り、招かれた作業場にて、引き気味な果心の呟きが波打つ。


 その視線と手指の向かう先には、大鎌のスクラップ。

 リシュリウとの戦闘で砕かれたままの、惨憺たる有様。


「酷いな。基盤が死んでる」


 自己修復機能を擁するにも拘らず、それが働いた気配は微塵も窺えない。

 機能ごと破壊された、と考えて然るべきだろう。


「どうだ果心。直せそうか」

「まず聞くけど、製造元の返答は?」


 リゼに目配せする。


「壊れる前の八割まで戻せれば御の字だって」

「妥当な診断だ」


 軸が歪み、表面も罅だらけの長柄を撫で、深々と溜息など吐く果心。


「まさか直せねぇのか?」

「全く元通りに、という意味では」


 嘘だろセンセー。

 お前で駄目なら他にアテなんぞ無いってのに。


「でも」


 お。


「近い奇剣ものに作り改造なおすので構わないなら、多少の時間は貰うけど」

「そう来なくちゃな。流石は果心」

「ねぇ今、不穏なルビ振ってなかった?」


 気の所為だろ。






 修復用の素材として、那須殺生石異界八十番台階層で得たドロップ品を残らず献上。

 目処が立ったら連絡すると有難い御言葉を頂戴し、リゼと二人で函館の街を練り歩く。


「いや良かった良かった。一時はどうなるかと」

「ついでにマゼランチドリの修理もやってくれるみたいだし、助かったわ。ただ、停戦の鎖ソードラインまで渡すよう言われたけど、何に使う気かしら」


 臨月呪母は日本各地の難度九ダンジョン最深部、即ち七十番台階層クラスの資源で以て組み上げたフルオーダーウェポンを繰り返し『呪胎告知』の媒体とし続けたことで独自の系統樹を構築した、完全な一点物。

 新造となると二年は掛かる。そしてリゼにとって、アレを上回る得物は恐らく存在しない。


 しかも何故か『ウルドの愛人』で損壊を差し替えることが能わなかった。

 リシュリウ・ラベルめ。味な真似を。


「これに懲りたら今後、無茶な使い方は控えるんだな」

「壊したのアンタでしょ」


 記憶に御座いません。


「一応聞くけど、あのイカレでも直せなかったら、どう責任取るつもりだったのよ」


 あらゆる選択肢を排除せず、慎重に検討を加速させる所存であります。






「お腹すいた」


 リゼちー立腹。併せて空腹。

 遺憾の意を表するべく旨い寿司でも奢ろうとネットを検索中、スマホが震えた。

 ええい誰だ、嫁の機嫌取りで忙しい時に。


「おーなーかーすーいーたー」


 分かった分かった。分かったから少し待て。

 ……地図アプリの座標データ?


「表示」


 画面上の一点にピンが留まる。

 すぐ近く、徒歩五分前後の位置。


「寿司屋か」


 なんともタイムリー。

 これが情報社会か。怖っ。


 ──送り主を検めるより先、同封されたボイスメッセージが自動再生。

 覚えのある、抑揚に欠けた声。

 概ねを把握した。


〔二分以内に来なさい。ダッシュで〕





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