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「ぅるる……ハッピー・バースデイ……」

「誰のよ」

「はっ」


 ここはダンジョン、俺は月彦。そして呆れ眼で俺を見下ろす黒髪赤眼の女はリゼ。

 ちなみに漢字表記だと『理世』な。婚姻届を出す時、初めて知った。カタカナ表記は探索者シーカー活動用のハンドルネームだった模様。


 つーか。


「身体が動かん」

「そ」


 仰向けでリゼの膝に頭を乗せた姿勢のまま、指先ひとつピクリともしない。

 恐らく四色並行で『深度・参』を使った反動。何日かは、まともに歩くのもキツそう。


 まあ、アラクネの糸で動かせばいいだけの話だが。

 よいしょ。


「復活のT」

「すっごいキリキリ鳴ってるけど」

「あァ? あー、そうか、お前には糸が視えてるんだったな。なら音だって聴こえるか」


 当然と言えば当然。

 元々リゼの力を借りて実現させたカラクリだし。


「ホント便利な仕込みね。それだけに、ショック死しかねないほどの激痛に絶えず襲われ続けるデメリットが残念だわ」

「……デメ……リット?」

「普通の人間、て言うか普通の生き物にとって痛みは命を脅かすほど苦しいものなのよ。知ってた?」


 こてん、と小首を傾げられる。

 知ってますよ流石に。馬鹿にすんな。


 ただ、俺には理解し難い感性だから、ちょくちょく忘れるだけだ。






 ところで。


「あいつ等は何やってんだ」


 其処彼処より響く

 視線を巡らせれば、各々の得物を抜き、異能を振るい、泥のような無数の何かと衝突する六趣會の面々。


「あの気持ち悪い赤ん坊が消えた後、急に空間が不安定になって湧き出したのよ」

「ふーん」


 倒せど倒せど、潰せど潰せど、収まらぬ勢い。

 凄まじい速度での増殖。さながら濁流。

 二桁ダブル三人、一桁シングル二人の計五人。それも同じパーティに属す統率の取れたDランカー達が集まり、漸く僅かに押している状態。

 シンゲンあたりは本気か怪しいもんだが。


 …………。


「どうかした?」

「ン? いんや、何でも」


 やはりと思っただけだ。

 過度な詮索はマナー違反ゆえ、問い質す気は無いけれども。


 しかし。


「流石に暫く掛かりそうだな」


 他所様の獲物を横取る無粋は御免被る。

 が、折角のダンジョンで待ち惚けも勘弁。

 なんたる二律背反。


「やむを得ん。ひとつヒルダと殺し合うか」

「前世プレデターなの?」


 どこだ。完全索敵領域の外か。

 現段階に於いて、素の状態でも半径八十メートルはカバーしてるんだが。


「言っとくけど、ヒルデガルドも今は取り込み中よ」


 溜息混じりに告げ、上を指すリゼ。

 導かれるまま視線を遣れば、宙高くを舞うヒルダの姿。


 併せて、その傍らには――透き通った棺に収められた、が浮かんでいた。





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