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 ごうごうと、凄まじい火勢で燃え盛る。

 灰も残さず、燃え尽きる。


 ――おろしたばかりの、ジャケットが。


「なんてこった」


 ドロップ品の毛皮持ち込みで支援協会紹介の職人に仕立てさせた、お値段二万八千円。

 エントリーモデルの店売り防具で似たようなジャケットが五万円だったから、格安だ。


 気に入ってた。だいぶ気に入ってた。

 後退が一瞬だけ間に合わず裾に火が点いてしまったため、脱ぎ捨てる以外に無かった。


 岩肌の焦げ跡に向け、四半秒の黙祷を捧ぐ。


 そして――急勾配の先に佇む下手人を見据えた。


「テメェが二十階層ここのボスか」


 筋骨隆々の肉体を持つ、白毛の人狼ワーウルフ

 いかにも肉弾戦に自信ありますと言わんばかりの、鎧同然の筋肉を纏った体躯。


 加えて、鋭利な五爪の並んだ手に握られたワンド

 とてもそうは見えないが、今し方の火柱を振り返るにが使えるらしい。


「差し詰め人狼術師ワーウルフウィザードってノリか。そのガタイが飾りじゃねぇなら、近付けば与し易しとも行かなそうだな」


 長柄の杖を槍の如く振り回し、挑発じみた動きを見せる人狼術師ワーウルフウィザード

 狼は犬よりも賢く、魔法使いはクリーチャーの中でも特に秀でた知能を有すると聞く。納得の所作だ。


「いいね。ワクワクするぜ」


 足元に熱。火柱が立つより先、奴との距離を詰めるべく前進することで避ける。


 激坂を駆け抜け、水銀刀を抜き、挨拶代わりに一撃。

 危なげなく杖で凌がれ、素早い連続のバックステップで距離を置かれた。


「やるな。流石は下位と中堅を隔てる壁とまで呼ばれる二十階層フロアボス。十番台階層の雑魚とはモノが違う」


 初の対魔法戦が遠近こなす両刀相手とは面白過ぎる。

 なんだかんだ強いリゼが、ソロじゃ倒すのが面倒とボヤくのも頷ける。

 コイツ相手に余力を残した勝利か。二十番台階層で稼いでるベテラン方は流石だな。


「まだ俺じゃあ、ちょいとばかり梃子摺りそうだ……!」


 再び疾走。この激坂って地形が、また嫌らしい。

 上る時も下る時も、平地を駆ける際の何倍も脚を酷使する。


「豪血」


 途中で身体能力強化。合わせて深く踏み込んだ一歩で、一気に加速。

 極端なチェンジ・オブ・ペース。しかも今度は攻撃の威力自体、先程より遥か上。


 刀身が背中に隠れるよう、水銀刀を振りかぶる。

 こうすれば出が読み辛くなる。反応が半歩遅れる。


 故にこそ――水銀刀に意識が偏る。


「シャアッ!」


 間合いの内側に詰め寄り、しかし放ったのは顎狙いの蹴り。

 入ると思ったが、結果は長いマズルの鼻先を掠めたのみ。

 ギリ反応されたか。フェイントに熱を篭め過ぎて足を出すタイミングが遅かった。


 まあ、何にせよ。


「ハハハハハッッ!!」


 超楽しい。





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