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「ひっ……ひいぃ……っ!?」


 熊ゴリラの胸倉を掴み、壁から引き摺り出す。


 ……成程。コイツの妙な軽傷、感じた違和感のカラクリが分かった。

 ダンジョン産の素材で作られた装備による衝突を受けたことで壁の接触部分が消滅し、勢いを殺していたらしい。


 後ろを振り返り、熊ゴリラが踏み込みを行った初期位置を見遣れば、飛び散る石片の量とは明らかに合わない深さで抉れた石畳。

 壁にも床にも対ダンジョン処理が全く施されていない。壊れた時の派手さと緩衝材の役割を兼ねた構造ってワケか。

 実質、フィールド全体がスポンジで覆われてるようなもんだ。しかも安上がり。設計者は中々に考えてやがる。


「ま、待て、待ってくれ、悪かった……! でき、出来心だったんだ!」


 最初の威勢はどこへやら、半狂乱で命乞いの声を上げる熊ゴリラ。


「アンタのファンなんだ! 地元出て探索者シーカー始めたら、たまたま最初に強いスキルを手に入れてよぉ! それで調子に乗ってハンドルにアンタの名を使って、そしたら思いの外にアンタの噂を知ってる奴が多くて! 悪気は無かったんだ、許してくれぇ!」


 駄目だね。


「バンジージャンプは好きか?」

「は、え?」

「――『深度・弐』――」


 ドーム状の天井目掛け、俺よりひと回りデカい巨体をブン投げる。


「ひいいいぃぃぃぃっ!?」


 野太い悲鳴と共に、百メートル前後の高さを舞う熊ゴリラ。

 それを追う形で、俺自身も大きく跳んだ。


「……俺を騙ったこと自体は、別段どうでもいい」


 聞こえてるかどうか知らんが、熊ゴリラの頭上を取りつつ呟く。


「そも誇るほど大した名でもねぇ。不貞腐れたガキの癇癪が凝り固まったような代物だ」


 上下逆さの体勢で軽く脚を振りかぶり、併せて『豪血』の深度を壱に戻す。弐のまま蹴りなんか入れたら、どれだけ加減しようと普通に死ぬからな。

 徒な死亡事故で多額の予算が注ぎ込まれてるだろう興行を邪魔する気も、祭りの空気に水を差す気も無い。

 つむぎちゃん達だって見てるし。


「てめぇの罪は、たったひとつ」


 逆ムーンサルトキック炸裂。一直線に堕ちる巨漢。

 地球の理から外れたダンジョン由来の物質が強く衝突したことで、受け止めた運動エネルギー共々に消え去る接触部の床材。

 奇怪な形状に広がる亀裂とクレーター。迫力こそ満点だが、衝撃は殆ど逃げている。


 ――さりとて、仕留めるには十分な威力。


「よくも」


 寸前で『鉄血』に切り替え、直立のまま着地。

 その足元で白目を剥き、気絶した熊ゴリラを見下ろす。


 あー、やべぇ。キレそう。


「よくも、よくも、よくも――その粗末なツラで、藤堂月彦おれを名乗りやがったな」





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