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 ──仮に、強力な戦闘系スキルを手に入れたビギナーが居たとしよう。

 そいつが適当なダンジョンに潜ったとして、スキル頼みにゴリ押せるのは何階層までか。


 経験と実績を兼ね備えたベテラン探索者シーカーほど、この質問には「十階層だ」と答える。

 何故なら殆どのダンジョンには、十の倍数毎に『壁』が存在するからだ。


 門番。守護者。バリケード。ガーディアン。

 国や地域によって呼び方は多々あるが、一般に馴染み深いのは『フロアボス』だろう。


 一種族一体のみの特異なクリーチャー。下階層への出入り口を塞ぐかの如く坐し、倒せども一定時間の後に復活する上、ドロップ品どころか魔石すら残さない厄介者であり嫌われ者。


 何より、強い。

 同階層帯の他クリーチャー達とは一線を画す戦闘能力こそ、フロアボスの最たる特徴。

 取り分け十階層のボスは、それまで順調に攻略を進めていた多くのビギナーを跳ね除け、挫折へと落とし込む要害。


 十階層を己の力のみで突破する。

 この探索者シーカーとしての最初の試練を乗り越えることで、晴れてビギナー卒業と相成るのだ。






「鉄血」


 サイだか牛だか分からん、体高だけで三メートル近い巨躯の獣。

 唸り声と共に突進を仕掛けて来たデカブツの勢いを、硬化した身体で受け流す。


 トラックの衝突にも匹敵する衝撃。が、ダメージは無い。

 鉄血の名が示す通りの硬度を得た五体だからこそ為せる業。


 ……とは言え、質量差は明白。このまま力比べは流石に分が悪い。

 何せ我がスキル『双血』の抱える欠点その一。身体能力強化の『豪血』と肉体強度上昇の『鉄血』は、使のだ。


 よって、力任せで拮抗が崩される前に、鼻先の角を掴む。


「豪血」


 静脈をなぞる青光が、動脈を伝う赤光へと切り替わる。

 イメージは一本背負い。埒外な硬さを失くした代わり、何枚も重ねた五百円玉を紙同然に千切れるほどの万力漲る両腕でクリーチャーを持ち上げ、大上段より叩き伏せる。


 向こうにしてみれば突っ込んだ直後、角を軸に一八〇度回転。数トンはあろう己の重さを、勢い乗せた上で背中からズドン。

 うん、悪くすりゃ内臓吐き出すね。


「ハハッ、頑丈だな」


 人間なら、単なる獣なら、骨も内臓もグチャグチャの一撃。

 そいつを受けた直後にも拘らず起き上がろうと踠き始めるタフネスは、流石フロアボス。


「しかし残念。お前の弱所は既に判明済みだ」


 四十年の間に攻略されたダンジョンの詳細な地図もクリーチャーの情報も腕輪型端末に入ってるが、俺は敢えて調べてない。故に、このフロアボスの名前も知らん。

 理由は簡単。自分で確かめた方が楽しいからだ。


「鼻先と頭の横に生えたデカい三本角で隠れた、眉間」


 全身を覆うゴムみたいな分厚い皮膚が唯一行き届かぬウィークポイント。

 前回戦った時、そこへの攻撃に対してのみ、顕著な反応を示した。


「再び鉄血」


 骨を砕くなら、力より硬さ。

 内部へと衝撃を染み込ませるように、殴り抜く。


 鼓膜を叩くより先、拳を通して伝わる粉砕音。

 剥いた白目から血を噴き出し、引き攣った断末魔と激しい痙攣の後、フロアボスの巨体は蹄ひとつ残さず溶け落ち、ダンジョンに呑み込まれた。





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