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「……………………あくまで結果論に過ぎないが、蓬莱も死にはしなかったワケだし。今回だけは、大目に見てやる」
此方を窺う、幾つかの人ならざる気配渦巻く我が家の居間。
奥歯が割れそうな勢いで顎を噛み締めながら、そんな台詞を搾り出す果心。
よっしゃ。御機嫌取りで渡したゴトウさんのドロップ品が効いたな。
何せ八十番台階層産の素材を加工し得る品だ。職人なら欲しがるに決まってる。
最初からこうしとけば良かったわ。
……ただし肝心の素材が得られるのは、ダンジョンの最高峰たる難度十だけ。ひとつ下の難度九ですら全八十階層だし。
実力的にも規則的にも、踏み込めるのはDランカーに限られる。必然、殆どに莫大な末端価格が設定されてる。
しかもゴトウさんの件で更なる高騰を起こしている筈。
一介の職人が手に入れるのは、正直なところ厳しいと思う。
どうにか果心の怒りが下火になったと思えば、今度は樹鉄刀を見せろと喚き始めたので圧縮鞄から引っ張り出す。
まあ俺がコレに施したのは所詮、素人仕事の改造。複雑な機構を持つ奇剣に悪影響が出ていないかを確かめるのは当然。どっちみちメンテナンスに出す必要があったワケだ。
となれば此度の果心の襲来、結果的に見れば好都合だったとも言える。プラス思考で行こう。
「――そら。これが樹鉄刀の新形態、名を『
命名は勿論リゼ。
あいつのセンスは俺に刺さる。
「勝手に名前を付けるな」
辛辣。
……樹鉄刀を纏うや否や、隈だらけの目元を鋭く吊り上げ、ぐるぐると俺の周囲を回りながら観察を始めた果心。
僅かな情報と見逃さないと言わんばかりの、真剣そのものな表情。
「あ、待て触るな。怪我する――」
「黙れ、気が散る」
籠手を撫ぜ、瞬く間に血で塗れる掌。
それを舐め上げ、露わとなった傷口を眇め、思案顔。
「……成程。メタルコンダクターの蒐鉄を取り憑かせる際に植え付けた刃物の概念が、形を変えても反映されてるのか。所有者の遺伝子情報を大量に与えることで精神的なパスを繋ぎ、形状変化の正確なイメージを伝達するアプローチも面白い」
手指がズタズタになるのも構わず、樹鉄刀を検め続ける果心。
やがて粗方の確認を終えたのか、タオルで血を拭き取り、すっかり冷めた茶を呷った。
「手段は許し難いが、改造の内容自体は実に興味深い。手段は許し難いが」
「お、おう」
二度言った。だいぶ腹に据えかねてやがる。
「ただしクオリティが低い。強い自我を割り込ませた所為で蒐鉄の憑依が剥がれかけて斬れ味が落ちてる。完全な鎧を模れていないのも、その所為だ」
「ほう」
流石、専門家にして生みの親。
俺が好き勝手弄くり回した樹鉄刀の性質と問題点を、見て触っただけで暴いたか。
「何より、今の蓬莱なら調整次第で鎧以外の形態を取ることも可能な筈。元々の長剣は勿論、他の武器にも」
空の湯呑みをテーブルに置き、ふらりと果心は立ち上がる。
「拙の工房じゃないと細かいセッティングは無理だ。すぐ函館まで戻ろう」
「おいおい、とんぼ返りかよ」
創作意欲旺盛は結構だが、あんまり身体を酷使すると死ぬぞ。
ただでさえ不健康そうだし。
なので、ここはひとつショートカットをば。
「リゼ。函館直通、いけるか?」
「やろうと思えば月までだって繋げるわよ」
便利過ぎるだろ。コイツの最後のスキル。
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