715






 差し当たり、そこら辺の情報共有を済ませなければ何にもならんため、ひどく面倒だが『ウルドの愛人』について話すことにした。

 尤も、詳しく説明するのは非常にダルいので、ざっくり程度。


「既に終わった事象を書き換える異能、か」


 過去を改変するスキルの存在、その特性と発動条件。

 延いては、それを使った痕跡がフェリパ女史の手紙に付着している事実。


「特級のレア物だな。実に興味深い」


 身を乗り出すジャッカル女史。

 その眼差しに実演の期待を感じるも、生憎と制約を受けてる身だ。

 アンタみたいな上玉にはサービスしたいところだが、諦めてくれ。


「けどさー、そんなの持ってる奴が居たら普通、情報とか出回るもんじゃない?」

「ヒルデガルド。目の前のバカを見てから、もっぺん同じこと言ってみなさいよ」


 一方、今の今まで俺が『ウルドの愛人』を擁する事実など露ほども知らなかったヒルダに、溜息混じりでリゼが返す。

 バカとは失敬な。そっちこそギリッギリで大学卒業たくせに。


「……習得スキルの申告なんざ、国によっちゃ割かしテキトーだぞ」


 何せ証明の手段が乏しい。

 出来ないことを出来ると言い張るのは厳しくとも、その逆は容易い。


 しかも俺の場合、探索者支援協会への説明も結局は過去を差し替えて誤魔化したし。

 公的な記録に於いて、今現在『ウルドの愛人』というスキルは存在しない。

 そもそも隠蔽に打って付けなのだ。このチカラは。


「俺と同系統の異能を用いて、フェリパ・フェレスの手紙が改竄されたのは間違い無い」


 ただ──そうなると、また別の疑問が浮かび上がる。


 くしゃくしゃに丸めた便箋を見下ろす。

 未だ色濃く嗅ぎ取れる過去改変の残滓。差し替えられたのは十中八九、ここ数日以内。


 誰が何の目的で、斯様な真似を。

 …………。


「考えたところで詮無い話か」


 取り立てて探偵ごっこを興じる気分にも非ず。

 そういうのは、ジャッカル女史に譲っておこう。


 それよりも、だ。


「なあ、ミス預言者。そちらさんの仰る分岐点とやら、一体いつの話だったっけか?」


 左眼を掌で覆っていたu-aが、俺を見遣る。


「九日後の、午前十一時四十八分です」

「昼飯時かよ。忙しねぇな」


 恐らくフェリパ女史の手紙が白紙に戻った件も、無関係ではあるまい。

 不自然なほどu-aのリアクションが薄い。織り込み済みだと明白。


 その上で、話題には加わって来ない。

 多くを話せない、或いは話したくない背景があるのだろう。


 然らば、水先を向けるだけ無意味。

 呼び出した理由だけ聞いて、あとは口を噤もう。

 それで無断欠勤はチャラな。ザ・司法取引。


「で。お前は俺達に、どうして欲しいワケだ?」

「貴方の子供が産みたいです」


 何故そうなるのか。


「孕ませて下さい」


 言い方を変えれば良いって話じゃねぇよ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る