208
「富士の樹海には、ああいうのが出るっつう都市伝説は昔からあったが」
「まさか実在するなんてね」
「オバケじゃなくて良かったぁ……」
サイレンと共に走り去るパトカーを見送る俺達三人。
なんでも指名手配中の連続殺人犯だったとか。
世の中、何が起こるか分かったもんじゃねぇな。
「タバコ吸いたい」
前を歩いていたヒルダが、革手袋越しに爪を噛みつつ、ふと呟く。
人間万事塞翁が馬。先の不審者騒動で恐怖心が抜け落ちたのか、或いはどうでも良くなったのか、すっかり平静を取り戻した彼女。
まさか殺人鬼に感謝する日が来るとは。
尤も、あの野郎の所為で、こちとら無駄に樹海を往復する羽目になったんだが。
「すこぶるタバコが吸いたい」
「吸えばいいじゃない」
「生憎と手持ちは残らず支部のロッカーに置いて来たんだ」
まあダンジョンアタックの際は酒もタバコも断つと言ってたしな。
「君達、持ってたりしない?」
「吸わない物を持ってるワケないでしょ」
そうとも限らんぞ。
「ほらよ」
圧縮鞄から引っ張り出した未開封の缶入りタバコとジッポライターを投げ渡す。
面食らったように、リゼが俺を見た。
「……なんで持ってるのよ」
バーとかでハードボイルドなオッサンに『タバコあるか?』と聞かれた時のためだよ。
ああいうイカした映画のワンシーンを再現するべく、幾つかの小道具は常に携帯しているのだ。
「到着、と」
曲がりくねった遊歩道を抜けた先、少しだけ開けた岩場。
その中央に坐す、大型トラックも悠々と出入り出来るサイズの石門。
「見た目は、他と変わらないんだな」
僅か鼻先。四角い枠に張ったシャボン膜に似た境目を越えれば、そこは既にダンジョンの中。
感無量。あと、ほんの一歩で、俺達の最前線への挑戦が始ま――
「さっさと入りなさいよ」
「おうふ」
リゼに背中を押され、足場の悪さも手伝い、たたらを踏む。
顔を上げれば、親の顔より見慣れた迷宮エリア。
……なんとも締まらない第一歩になってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます