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「疲れた……」


 大鎌を杖代わりに寄りかかったリゼが、深い溜息と息切れを零す。


 ……五十二階層に踏み込み、はや八時間以上。

 大分、消耗が激しい。


 当たり前だが、このエリアには休める場所が殆ど無い。

 必然、戦闘後の休息や補給も移動しながら、警戒しながらという形になってしまう。


 サイクロプスを皮切り、ただでさえ強敵続き。深淵迷宮エリアの規格スケールに合わせた巨人系のクリーチャーがゾロゾロ出てくる。

 お陰でリゼは既にリソースの多くを『流斬ナガレ』へと注ぎ込んでしまった。


 ゼリー飲料を啜り、高カロリーのチョコバーを何本も食べているけれど、消化と吸収が消耗に追い付いていない。

 平然と振舞ってこそいるが、顔色は褪めていた。


「ふーっ……」


 かく言う俺も『深度・弐』を使い過ぎてる。

 とても『錬血』を出せる状況ではないため増血薬を飲んで回復したが、それ込みですら貧血気味。

 どんなに身体能力が跳ね上がろうと、血の不足だけはどうにもならん。失血死する寸前まで倒れない自信はあるが、確実に精彩は欠く。


「次は……このまま真っ直ぐ」


 継戦重視の立ち回りに努めているヒルダは比較的元気だが、あくまで俺達と比べての話。

 いつ接敵するかも、いつ終わるのかも全く不明瞭なシチュエーション。通路一本一本がいちいち長いし、視覚効果も手伝って進んでいる気がしない。

 さながら、真綿で首を絞められている心地だ。


「よろしくないな」


 一階層の踏破に時間をかけ過ぎてる。

 このままじゃ、あと数時間で誰か死ぬ。そして誰か死ねば、連鎖的に全員死ぬ。

 リゼを死なせるのは御免だ。


 …………。

 しょうがない、か。


 そも、いい加減に飽きてきたし。


「そこの角を左に曲がるよ」


 そんなヒルダの口舌に合わせて『ウルドの愛人』を発動させ、


 ――本来このスキルは、対象を直接目視しなければ使えない。

 けれども、ここは階層丸ごと構造が造り変わるエリア。

 歯車とは一枚回せば悉くが回るもの。全てが連動しているのならば何の問題も無い。


「あっ」


 先頭に居たヒルダが、歓喜孕んだ声を上げる。


 視線の先には、空間へと穿たれた揺らめく孔。

 その先に伸びる、石の階段。


「到着っ! 良かった良かった、死ぬ前に辿り着けて」

「冗談に聞こえないのよ……」


 はしゃぐヒルダ、ぼやくリゼ、鉄分と亜鉛のサプリを飲み込む俺の順に境目を抜ける。

 これにて五十二階層、踏破完了。






 尚、ここからはこっそり『ウルドの愛人』を使い続け、半日後には五十九階層まで降り立った。


「こういうことが出来るなら、最初っからやりなさいよ」


 余談だが、リゼにはあっさりバレた。


「早々と安易な手段に頼るのは、人間性を損なう愚かな行為だと思うんだ」


 キリッ。


「……じゃあ今回は、なんで解禁しようと思ったワケ? さぞ御立派な理由があるんでしょうね」


 そりゃ勿論、半分はリゼを死なせないためだ。

 で、もう半分は。


「飽きた。歩けども歩けども景色が変わり映えしねぇのは苦痛だ」

「…………ホント、馬鹿なんだから」


 辛辣ぅ。





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